チェン・ユーシュン監督が語る『1秒先の彼女』“消えた1日”をめぐる、奇想天外な時間の旅へ
なにをするにもワンテンポ早く、写真を撮れば必ず目を瞑ってしまい、映画を観ると人より先に笑ってしまう。そんなアラサー女子のシャオチーは、ハンサムなダンス講師のリウとバレンタインデートの約束を取り付ける。ところが目が覚めると、いつのまにかバレンタインの翌日になっていた…。しかも全身が日焼けで真っ赤になり、撮った覚えのない自分の写真も。シャオチーは“消えたバレンタイン”を探していくうちに、ある大切なものに気付いていく。
ユニークな設定と心温まるストーリー、そして郷愁感ただようロケーションで多くの観客を魅了し、本国台湾のアカデミー賞ともいわれる第57回金馬奨で作品賞と監督賞をはじめ5部門を制した『1秒先の彼女』(公開中)。本作を手掛けたチェン・ユーシュン監督は、「私が撮る作品にはすべて、“自分探し”という要素が入っています。本作の主人公であるシャオチーも30歳になってもまだ、本当の自分というものが見つけられないでいる。そこから自分の過去と、これからの未来はどうなっていくのかということを考え、彼女は自分探しの旅に出発するのです」と、本作に込めたテーマを語っていく。
『悲情城市』(89)のホウ・シャオシェンや『クー嶺街少年殺人事件』(91)のエドワード・ヤンら、1980年代から1990年代にかけて多くの才能が発掘された台湾映画界。その次なる世代として注目を集め、『熱帯魚』(95)で長編監督デビューを果たしたユーシュン監督は、つづく第2作『ラブ ゴーゴー』(97)で若者を中心に圧倒的な支持を獲得する。「『ラブ ゴーゴー』を撮った後、次はどんな映画を撮ろうかと考えていました。ただ漠然と、社会の片隅に生きる人たちの愛の物語を描きたいという気持ちがあり、ある日テレビで野球を見ていたときに、ピッチャーとバッターの関係にピンときました。“リズム”に着目したのです。まったくリズムの違う男と女の間で、恋はどのように生まれ成立するのだろうか。それがこの物語のはじまりでした」と、本作のユニークな発想が生まれた経緯を振り返る。
しかし当時の台湾映画界は不景気で、新作を撮るにもなかなか資金調達ができず、結局実現には至らなかったという。その後活動の場をCM業界へと移したユーシュン監督は、『祝宴!シェフ』(13)で16年ぶりに映画制作に復帰。さらに復帰後第2作としてダークファンタジー『健忘村』(17)も発表する。
「その頃、ずっと放置したままの『1秒先の彼女』の脚本についてプロデューサーのイエ・ルーフェンが、『とてもおもしろいから撮った方がいい』と励ましの言葉をかけてくれました。そのおかげで、この映画を撮りたいという気持ちが強く湧き上がりました。しかしかなり昔に書いたものでしたから、いまの時代に合わないかもしれないと考え、脚本の修正作業に入っていくことにしました」。
元々の脚本では“消えた1日”はバレンタインデーではなかったそうだ。「バレンタインデーというのは恋人がいない人にとってはなんとなく避けたい嫌な日。でも嫌でもあるけど期待もしたくなる日で、人によっては消してしまいたい1日でもある。だからこそ、“消えた1日”をバレンタインデーをにすれば、なにかしらの意味合いを持たせて物語をふくらませることができるのではないかと考えたのです」と、物語の根幹に関わる大きな修正点を明かす。
さらに「この20年の間に、みんな手紙をほとんど書かなくなってしまったし、ラジオを聴く人も少なくなりました。連絡手段ですらスピードを重んじる世界になってしまった」と、劇中で重要な役割を果たす二つの要素が直面した時代の変化に触れる。「けれど、そのすべての要素を捨てることはしませんでした。いまの時代に合うよう合理的に脚本に残したのです」。その選択が、本作のユニークさと愛すべき郷愁感を高めることにつながったのであろう。
「人間の感情をより深く書き込むようにもしました。それは20年で私も人生経験を積み、家族の愛情や友人との友情に感激する機会が数多くあったからです」。その言葉通り、本作にはこれまでの監督作と同じように、個性的で不器用な登場人物たちが、他人との違いというコンプレックスに向き合う姿が描かれているが、そのタッチは以前にも増して優しさを帯びたものになっている。
最後にユーシュン監督は、「誠心誠意を込めてこの映画を撮り、私自身にとっても好きな作品となりました。きっと日本の観客のみなさんにも気に入っていただけると思います」と自信たっぷりの笑顔を浮かべていた。
構成・文/久保田 和馬