「古い慣習を変革しなければいけない」小栗旬が見据える、日本映画界と自身の“再構築”
「大河ドラマを乗り越えてから、自分の“再構築”を考えたいと思っています」
――先ほど、ハリウッドの現場は余裕を感じると言われましたけど、今回の経験を経て思う、日本のエンタメ業界の強みと弱みはなんだと思いますか?
「難しいですね。どこの現場にもいいところと悪いところが絶対あるし、自分が日本人だから日本贔屓なのかもしれないけれど、日本のスタッフさんの勤勉さや仕事の細かさ、丁寧さはやっぱり誇るべきところだと思いますから。余談ですけど、今回の現場でも、ハリウッドのすごくいいところを目の当たりにしました。スタジオの横にケータリング・サービスがあったんですけど、1日中そこにいて、なにか食べながらずっとしゃべっているスタッフがいたんですよ(笑)。だから彼はいったいなにをしに来ているんだろう?って思ったし、日本の現場だったら『オマエ、なにやってるんだ!?』って言われちゃうような感じだけど、誰もそんなの気に留めない。そういう感覚の違いは非常におもしろかったし、俺は細かいことをいろいろ気にし過ぎるのかな?ってちょっと反省しました」
――とはいえ、1シーンに時間をかけるようなハリウッドのシステムは日本ではバジェット的にも難しいですよね。
「そうですね。ハリウッドではカメラを回しっ放しの状態で、監督が『リセット』と言い続ける限り、俳優は最初の位置に戻って同じ芝居を繰り返すのが当たり前になっているけれど、日本ではテイクをそこまで重ねる必要はないという思考ができあがってる。実際、今回僕も撮影中は無駄なカットがいっぱいあるなと思いましたからね」
――考え方や大事にしていること、アプローチの違いは確かにありますね。
「それこそ、日本の場合はカットとカットのつながりや、そこにある物の位置をすごく気にするけれど、ハリウッドの場合、そこはそんなに神経質じゃなくて。公開されている映画を観ても、全然つながってないじゃん!って思うことが結構あるじゃないですか(笑)」
――あります、あります(笑)。
「6、7年前に、僕は半年間ぐらい中国に行って、向こうの映画の撮影に参加したことがあったんですが、その時も同じようなことがありました。その映画は結局公開されていませんが、その時のカルチャーショックは、現場が静かにならないまま撮影が始まったことですね(笑)。同録じゃないから、ということもあったと思うけど、僕たち俳優が芝居をしている本番中に、そばにいた助監督さんが普通に電話に出るんですよ(笑)。それを経験した時に、自分が信じている世界だけが正しいと思ってはいけないなと本当に思ったんですよね。だって、例えば日本の撮影に参加した中国の俳優さんたちから『日本の俳優はこんな張り詰めた空気のなかじゃないと芝居ができないの?』って言われちゃったら、それまでですから」
――おもしろい話ですけど、難しいところですね。
「ある意味、僕たち日本の俳優は、芝居をセンシティブに考えてくれる恵まれた環境で仕事をさせてもらっているなと思うので、そのいいところは大事にしながら、ほかの国の現場のいいところ、いいシステムは取り入れて、なにかしらの変化を起こしていけたらいいなといまは考えています。古い慣習を変えなければいけない状況になってきているし、みんながそういうことを考え始めていますから。ただ、僕自身は具体的な考えや策がまだできあがっていないし、ハリウッド映画の現場を1回経験したからといって、思い切り舵が切れるわけでもない。僕1人が変革を押し通そうとしたところで、賛同してくれる人たちがいなければ、なかなか実現できないことも分かっています」
――ちょうど1年前になるんですが、山田孝之さんが「小栗は『アメリカで頑張る』って言っているから背中を押してやった。『帰って来たときに大暴れできるように、日本の地固めをしておいてやる』と伝えた」って仰っていたんですが、そのやりとりは覚えていますか?
「そんな話はずっとしています。でも、このコロナ禍の状況になる前に2022年の大河ドラマ『鎌倉殿の13人』をやることは決めていたので、1年間の大河ドラマの撮影を乗り越えてからいろいろなことを考えたいし、再構築しなきゃいけないとは思っています。日本だけでやっていくという考えは自分のなかにはないけれど、謙さんから日本アカデミー賞の授賞式の時に『オマエは運がいいな』って言われて。『アメリカでやっていくと言っても、この状況では仕事探しも難しい。そんな時に、日本で仕事をする選択をしたオマエは自分の運を信じていいんじゃないか』って言っていただいたんです。あの言葉はうれしかったですね」
――今後の活動については、どんなビジョンをお持ちですか?
「いまはなかなか難しい状況になってしまったけれど、この事態が収束したら、なるべく外の世界を見に行ったり、経験して、自分のなかに蓄積されるその経験や思考を誰かに伝えられる環境作りはしていきたいですね。自分の場合も、謙さんの話から“ハリウッドの現場ではそうなんだ!”とか“そんなことが起きているんだ”ということを知って、外の世界への興味が湧きましたから。ただ、行って体験してみないと分からないこともあるなと、本作の経験を通して感じたので、この先もチャンスがあれば、臆せずに外の世界に飛び込んでいきたいです」
取材・文/イソガイマサト