「坂東玉三郎なくしてできなかった」巨匠・篠田正浩が語る、“封印映画”『夜叉ヶ池』復活への42年
さらに篠田監督は「4Kの『夜叉ヶ池』を観た時にはガッカリしました。自分のなかにあった技術がこんなにも簡単に再現されるなんて、いまの人たちは贅沢なCGで作られた特撮映画を観ているのでしょう。キングコングとゴジラが戦っているのを観に行って、『夜叉ヶ池』を観るような人は少ないんじゃないかと思っていました(笑)」と述懐。
そんな本作は現地時間7日に、フランスで開催中の第74回カンヌ国際映画祭のクラシック部門でワールドプレミア上映され大きな反響を巻き起こしている。「フランスでもニューヨークでも権利が買われたと。内緒で原版を秘蔵して、値打ちが上がるまでマーケットを眺めていた松竹の国際部は久しぶりに大きな仕事をしてくれたんじゃないか(笑)。自分が映画監督として生まれ育った場所は松竹大船以外のなにものでもない。松竹大船出身のひとりとして、松竹の伝統ではない特撮と女形の映画を、色々な技術を学ぶために映画界を越境してきた人たちと集まって作った。これは映画界の越境者たちのユートピア映画だと思っています」と、歴史ある松竹映画への愛を語る。
今回の特集上映では、『夜叉ヶ池』のほかにも『心中天網島』(69)や『はなれ瞽女おりん』(77)など、篠田監督自選の9作品も上映される。「これは私の青春でもあり、映画監督としてもっとも振りみだして映画のなかに生きていた時の作品群です。あんな勢いをもう一度やれと言われても無理です。90年という歳を誰が決めてくれたのか知らんけれど、昔箱根駅伝を走った肉体はどこへ行ってしまったのだろうと。競走馬ならばとうに処分されいるでしょう」と、90歳を迎えた現在の心境を明かす。
「『夜叉ヶ池』はアンダーグラウンドの、誰も手を付けなかった世界を描いた物語で、残りの9本は地上の物語。これらは全部ハッピーエンドの映画じゃないんです。早くに亡くなった3人の姉や私を育ててくれた母のことを思うと、私の映画はなかなかハッピーエンドにはならない。でも私にとってのアンハッピーは、すばらしいハッピーのための試練だと思っています。まだ『夜叉ヶ池』を考えて作っていた頃の気力がどこかに残っているはずだから、私はそれに誓って私のユートピアを探そうとしております」と、力強く語った。
『夜叉ヶ池』は本上映でジャパンプレミアされたほか、7月14日(水)には、4Kデジタルリマスター版Blu-rayが発売となる。是非ともこの機会に、美しくよみがえった幻の名作に触れてみてほしい。
取材・文/久保田 和馬