「六番目の小夜子」はなぜ伝説化した?「ドラマ愛の詩」が開いた“大人への扉”
「私たちの学校にはサヨコという不思議な言い伝えがある」。一度聞いたら耳から離れないテーマ音楽に乗せて描かれる、とある中学校で語り継がれてきた「サヨコ」という伝説に翻弄される中学生の物語。謎めいた転校生の登場に始まり、幾重にも張り巡らされたミスリードの数々と、“子ども向け”であることに甘んじないソリッドな演出。2000年に放送された、恩田陸原作の「六番目の小夜子」は、いま観てもまったく色褪せることなく鮮烈であり続ける、不思議な魅力を持った作品である。
物語の舞台は2000年、それは3年に1度やってくる「サヨコ」の年だった。サヨコに選ばれた生徒の元には鍵と指令が届けられ、始業式の朝に赤い花を活けること、文化祭で「サヨコ」という芝居を上演すること、そして卒業するときに次のサヨコを指名すること。これらを誰にも気付かれずに全うすれば、大いなる扉が開かれるという。その伝説を知ってからサヨコになりたいと憧れていた潮田玲(鈴木杏)は、幼なじみの関根秋(山田孝之)が今年のサヨコに選ばれたことを知り、鍵を奪って自分がサヨコを務めようとする。しかし始業式の朝、赤い花を活けようとするが誰かに先を越されており、さらに玲のクラスに津村沙世子(栗山千明)という転校生が現れるのだ。
鈴木杏、栗山千明、山田孝之、松本まりか…原石たちのきらめく存在感
21年の月日が流れ、このドラマがある種の伝説と化している理由を探れば、それは間違いなくキャスト陣の大成によるものであろう。当時すでにトップクラスの人気子役で、現在では主演のみならず名バイプレイヤーとしても活躍を続ける鈴木杏を筆頭に、この年の暮れに『バトル・ロワイアル』(00)に出演したことをきっかけにクエンティン・タランティーノ監督の『キル・ビル vol.1』(03)に抜擢される栗山千明。ほとんどデビュー作に等しかった山田孝之はコンスタントにキャリアを積み上げ日本屈指の性格俳優へと成長を遂げ、その弟役を演じた勝地涼も然り。
そしてなんといっても本作で演技デビューを果たした松本まりかは、15年以上の歳月を経て遅咲きの大ブレイクを果たす。また当時すでに舞台で主演経験のあった山崎育三郎にとって、本作は少年時代に出演した唯一の映像作品であり、病弱な優等生という“ミュージカル界のプリンス”の称号をほしいままにしている現在とはまるで異なる雰囲気を放ちつつも、豊かな表現力の片鱗をのぞかせている。とはいえ、このような若手キャストの大成というのは学園ドラマには昔からよくあるものだ。
世紀末の小中学生を魅了した「ドラマ愛の詩」
彼らが第一線の俳優として成長したことが、このドラマの価値をいまなお高く維持していることは紛れもない事実であろう。しかし放送当時からすでに、「六番目の小夜子」はほかのドラマとは違う温度感で迎えられた作品ではなかっただろうか。それを証明するように、このドラマが放送されたNHK教育(現在のNHK Eテレ)の「ドラマ愛の詩」枠のなかでも随一の人気作として、2004年に同枠が終了するまで毎年のように再放送されていた。
この「ドラマ愛の詩」枠は、主に小中学生向けのジュブナイル作品が放送されたドラマ枠である。有名なところでは「ズッコケ三人組」や「双子探偵」など、特にいまの30代前後にとっては語り尽くせないほどの思い入れを持つ人も少なくないはずだ。劇中の登場人物たちと同じ2000年の中学生は、1990年代後半に流行した「学校の怪談」シリーズなどと共に成長してきた世代であり、自分たちと同年代の俳優たちが、同年代の登場人物たちを演じる物語を、小学生の頃から思う存分享受できた稀有な世代でもある。
中学生は社会的には子どもとみなされる反面、精神的には子どもから大人へと成長を遂げようとしているタイミングに置かれている。その狭間では必然的に大人が観る映像コンテンツへの憧れも強くなるものであり、しかも同じ時期には「リング」シリーズをはじめとした大人向けのJホラーが過度期を迎え、ホラーのテイストを持つジュブナイル作品は衰退の一途をたどりはじめる。つまりその真っ只なかに登場した「六番目の小夜子」は、当時の中学生にとってジュブナイルからの卒業を告げ、大人へと成長するための扉を開けてくれる作品として魅力的に映ったのではないだろうか。