満足度94%!『イン・ザ・ハイツ』が果たした映画史の“アップデート”
映画批評を集積・集計するサイト「ロッテン・トマト」で、批評家で95%フレッシュ(満足)、観客で94%フレッシュ(8月14日現在)というハイレベルな評価を受けている『イン・ザ・ハイツ』(公開中)。この数字、どれだけ異例かというと、最近のミュージカル映画の話題作では、『ラ・ラ・ランド』(16)が91%/81%(批評家・観客の順番。以下同様)、『グレイテスト・ショーマン』(17)が57%/86%、『美女と野獣』(17)が71%/80%。また、ミュージカルではないが音楽映画の傑作として『ボヘミアン・ラプソディ』(18)が60%/85%で、『アリー/スター誕生』(18)が90%/79%……ということで、『イン・ザ・ハイツ』は圧倒的に高く、それだけ観た人に有無を言わさぬ満足感を与えているのだ。
『イン・ザ・ハイツ』は、2008年3月、ブロードウェイでの上演が始まり、その年のトニー賞で作品賞・楽曲賞など4部門で受賞。2014年には日本でも松下優也主演で上演されている。なにより、この『イン・ザ・ハイツ』は、リン=マニュエル・ミランダの出世作としてミュージカルの歴史に刻まれた。作詞・作曲を手がけ、主演も務めたミランダは、その後、2015年にブロードウェイで開幕した『ハミルトン』で脚本・作詞・作曲・主演。同作は「まったくチケットが取れない」ほどの人気ミュージカルとなった。さらにミランダは映画界でも、『モアナと伝説の海』(16)や、『リトル・マーメイド』の実写リメイク版のサウンドトラックに関わるなど、いまやミュージカル界の寵児である。そんな天才の「原点」が、『イン・ザ・ハイツ』なのだ。
NYマンハッタン、最北部の地区、ワシントン・ハイツを舞台にした『イン・ザ・ハイツ』は、食料雑貨店を切り盛りする、ドミニカ移民のウスナビを中心にした群像劇。アメリカにおける移民のドラマということで、『ミナリ』(20)など近年のムーブメントを踏襲している。しかし、そんなテーマは二の次とばかりに、オープニングからミュージカル映画としてハイテンションなのである。タイトルにもなっているナンバー「イン・ザ・ハイツ」で、ウスナビらワシントン・ハイツの住民の日常を一気に紹介しながら、ストリートでの群舞へなだれ込んでいく。ミュージカル映画としての“つかみ”は完璧。この感覚は『ラ・ラ・ランド』のオープニングに近い。
ウスナビの店の前で繰り広げられるオープニングの群舞は、実際に店の住所(設定どおりの場所)でロケが行われた。その結果、光や風、さらにNYらしい夏の暑さまでが伝わってくる映像が完成。そのほかにも、プールや公園、地下鉄の駅の通路など、ワシントン・ハイツの有名スポットが、ミュージカルシーンのロケ地として使われることで、スタジオ撮影や背景のCG合成とは明らかに違う臨場感!舞台のミュージカルとは違い、カメラが劇場の外に出るという、映画化の「意味」が最大限に達成された。
これは、半世紀以上も前、名作『ウエスト・サイド物語』(61)で、NYのストリートでダンサーが踊り出した驚きと似ている。『イン・ザ・ハイツ』も『ウエスト・サイド物語』も、NYでの移民問題にフォーカスするドラマだが、『ウエスト・サイド物語』で、アパートメントの窓の外で愛を語り合った「トゥナイト」の名シーンをアレンジしたような演出が、『イン・ザ・ハイツ』にも登場。時を超えて名作がリンクする。このシーンは、『恋愛準決勝戦』(51)でフレッド・アステアが室内の壁に、そして天井で踊るという、重力が180度回転する演出へのオマージュも与えられる。
さらにプールのシーンでは、MGMミュージカル黄金期を作ったバスビー・バークレーの振付、水中レビューの女王エスター・ウィリアムズ主演による『百万弗の人魚』(52)を彷彿とさせる大群舞が展開していく。こうしたミュージカル映画の歴史へのリスペクトも、『イン・ザ・ハイツ』の高評価の要因だ。
とはいえ単なるリスペクトやオマージュではなく、振付自体はバラエティに富み、しかも現代的。とくにドミニカ系が中心の登場人物に合わせ、ラテンテイストのダンスが強烈な印象を残す。マンボ、アフロキューバン、ルンバなどラテン系ダンスのエキスパートが映画用に新たな振付を提供。パッションにあふれ、ノリノリのビートに合わせて踊るダンサーたちに、観ているこちらも思わずリズムをとってしまうのが、『イン・ザ・ハイツ』の魅力だ。ラテン系ということで、セリフには「チタ・リヴェラ」の名前も出てくる。ミュージカル界のレジェンドとも言っていい俳優で、父親がプエルトリコ出身で、NYのラテン系の人々には神様のような存在。ブロードウェイで「ウエスト・サイド・ストーリー」「シカゴ」に出演してきた彼女のダンススタイルも、『イン・ザ・ハイツ』に受け継がれている。
このようにミュージカルの歴史をしっかりと背負いつつ、テーマも、ダンスも、現代的にアップデートされたことで、『イン・ザ・ハイツ』は、まぎれもなくミュージカル映画の新たな傑作となったのである。
文/斉藤博昭