『サマー・オブ・ソウル』クエストラブが語る、初監督作へのアプローチ「帰路で『あれはすごかった』と思い出すものを目指した」|最新の映画ニュースならMOVIE WALKER PRESS
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インタビュー 2021/8/27 23:15

『サマー・オブ・ソウル』クエストラブが語る、初監督作へのアプローチ「帰路で『あれはすごかった』と思い出すものを目指した」

アポロ11号の月面着陸、伝説のフェスとして語り継がれているウッドストック・フェスティバルと同じ1969年の夏、6回の週末にかけて行われたハーレム・カルチュラル・フェスティバルの映像は、半世紀の間地下に眠ったままだった。そのフッテージを掘り起こし、一本のドキュメンタリーにまとめた『サマー・オブ・ソウル(あるいは、革命がテレビ放映されなかった時)』が、本日8月27日より公開されている。

『サマー・オブ・ソウル(あるいは、革命がテレビ放映されなかった時)』は公開中
『サマー・オブ・ソウル(あるいは、革命がテレビ放映されなかった時)』は公開中[c]2021 20th Century Studios. All rights reserved.

監督のクエストラブことアミール”クエストラブ”・トンプソンは、ヒップホップグループのザ・ルーツのドラマーであり、何冊も著書を出版しニューヨーク大学で教鞭をとるなど、多彩な活動を行っている。ピクサーのアニメーション映画『ソウルフル・ワールド』(20)にも、ドラマーのカーリー役の声で出演している。クエストラブがこの映画を監督するきっかけになったのは、2017年に今作のプロデューサーからスライ&ザ・ファミリー・ストーンが演奏するフッテージを見せられたことだった。

「実は、1997年にザ・ルーツのツアーで初めて東京に行った時、ツアーの通訳をしてくれた人が“ソウルトレインカフェ”という場所に連れて行ってくれました。そこで、客席から俯瞰カメラで撮られたスライ&ザ・ファミリー・ストーンのまったく観たことのない、2分間ほどのパフォーマンスが流れていました。それがハーレム・カルチュラル・フェスティバルの映像だという認識はありませんでした。なぜなら、60年代にはアメリカにはまだそのような文化がなかったので、音楽フェスティバルはすべてヨーロッパのものだと思っていたからです」。その後、2017年に映画プロデューサーが、彼の目の前に再度その映像を提示したした時も、本物の映像だとは思えなかったそうだ。そこから彼のリサーチが始まった。

地下室に保存されていた、鮮明な映像、完璧な音響

1969年に開催されたハーレム・カルチュラル・フェスティバルは、あらゆるブラック・カルチャーを総合的に集めたもので、特に音楽においては、ソウルミュージックやゴスペル、フリージャズ、サルサとジャンルの枠にとらわれないミュージシャンが出演していた。そのなかにスライ&ザ・ファミリー・ストーン、スティーヴィー・ワンダー、ニーナ・シモンなどのアーティストもいた。フェスティバルの映像を撮影していたハル・トゥルチン(2017年に死去)は、この映像をテレビ放映する機会を探っていたが、叶うことはなかった。映画を観ると、50年以上前の映像や音響がまったく劣化していないことに驚かされる。

公民権運動家でもあった、シンガーのニーナ・シモンが心震える朗読も披露
公民権運動家でもあった、シンガーのニーナ・シモンが心震える朗読も披露[c]2021 20th Century Studios. All rights reserved.

いまではほぼ使用されることのない2インチのビデオテープに記録された映像の変換作業にも立ち会ったクエストラブは、「1969年の時点では、なにかを記録するのであれば16mmフィルムを使うのが普通でしたが、これはテレビ用なのでビデオで撮ろうというのはハル・トゥルチンのアイデアだったようです。だから、当時はまだ新しかったソープオペラのような、ビデオで撮られた画質です。テープは地下の乾燥した部屋に保管されていたので、状態は良好でした」と説明する。


同時に録音されていた音については、「会場でどうしてあんな音響が可能だったのかは、いまだに謎の一つです。音響には2%くらいの調整が必要でしたが、映像と一緒に聞こえてくる音響はラフミックスなのに完璧でした。どうしてこれらの音が、こんなに鮮明で純粋なのかを考え続けています。ザ・ルーツでも取り入れたいほどです」と、感嘆の声をあげる。

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