『サマー・オブ・ソウル』クエストラブが語る、初監督作へのアプローチ「帰路で『あれはすごかった』と思い出すものを目指した」
DJやショーを構成するのと同じアプローチを映画にも応用
編集を行なっていたのは、2020年に世界がパンデミックに突入した時期だった。クエストラブは「編集を続けていたある時、DJやショーを構成するのと同じアプローチをこの映画にも応用できないかと思いついたんです。まずは5か月間、家の中にいようがどこにいようが、映像を24時間ループさせていました。映像を見ながらなにか鳥肌が立つような場所があれば、それを記録しました。そういう“鳥肌シーン”が30か所以上あれば、基礎ができあがると思ったのです」と語り、彼の得意分野に寄せて映画を構成したという。
「イベントを企画する時に最初に考えるのは、人々が帰路に着く道中で『あれはすごかった』と思い出すものはなんだろうか、ということです」と明かす。
「それはスティーヴィー・ワンダーのドラムソロだと気がつきました。私たちは、彼のドラマーとしての姿を見たことがありません。この映画は私についての物語ではないけれど、監督として皆さんの人生に不時着する、最良の方法になると思ったんです。そして、あらかじめ決めていたエンディングから逆算して、映画を編集しました」。クエストラブの目論見は成功し、2021年1月に行われたサンダンス映画祭のオープニング作品としてプレミア上映され、熱狂的に受け入れられた。その結果、ドキュメンタリー部門審査員大賞と観客賞をW受賞している。
クールとは、なにを取り入れるかではなく、なにを残すかということ
ブラック・カルチャーを語る上で、「ブラック・ライブス・マター(BLM)」の話題を避けては通れない。ウッドストック・フェスティバルが開催されていたニューヨーク州北部から160キロ離れたマンハッタンのハーレムで、30万人以上を動員した大型フェスティバルについてまったく報道されず、語られることのないまま忘れ去られていた事実に向き合わなくてはならない。
クエストラブは、「これは一歩前進です。特にパンデミック後には、これまでとは異なる会話が初めて交わされています。いままで黒人のメンタルヘルスについて、そして抹消されてきた黒人文化について語られることはありませんでした。この映画が入り口になって、黒人の物語が日の目を見る、大きな変化になるかもしれない。ソーシャルメディア上のコンテンツのような小さなものでも、史上初の黒人音楽フェスティバルのような大きなものでも、私たちの歴史にとって重要なものであると認めることができるのです」。
もうすでに動き出しているクエストラブの新しいプロジェクトは、スライ&ザ・ファミリー・ストーンのドキュメンタリーだという。スライについて、こう述べている。「この映画での経験を経て、ベイエリア(サンフランシスコ周辺)のカウンターカルチャーの発展におけるスライの役割は、1962年から始まっていることに気づいたのです。ヒッピーや若者たちはティーンエイジャーになると、ラジオのディスクジョッキーとしてのスライを聴いていました。1963~64年ごろはタブーだったような話を、抑圧されることなく語っていたのです。スライにとってのクールとは、体制にとらわれないことでした。クールであるということは、なにを取り入れるかではなく、なにを残すかということです。それがいま、私が理解し、学ぼうとしていることです」。
遠い日本に住む観客たちも、ハーレム・カルチュラル・フェスティバルに参加したミュージシャンや観客が半世紀の時を超えて送るメッセージを、クエストラブの導きを通じて受け取ることができるだろう。
取材・文/平井伊都子