ベネディクト・カンバーバッチが語る、9.11の“裏側”に迫る意欲作に込めた熱意
2001年9月11日に起きたアメリカ同時多発テロ。その首謀者の一人として、14年2か月にわたって拘禁されたモハメドゥ・ウルド・スラヒの手記を、『ラストキング・オブ・スコットランド』(06)のケヴィン・マクドナルド監督が映画化した『モーリタニアン 黒塗りの記録』(10月29日公開)。本作でスチュアート・カウチ中佐役を演じ、自ら製作も務めたベネディクト・カンバーバッチは、「原作の抜粋を読んで、この物語に夢中になり映画化権を取得した」と、本作への強い思い入れを語りはじめる。
「本作に惹かれた最大の理由は道徳的な義務です。プロデューサーとしてこの作品を作ることへの躊躇いは一切なく、俳優としては当初自分が演じる役があるとは思っていませんでしたが、やりがいを感じる役だった。このスチュアートという役は、脚本作りが進むうちに膨らんでいきました。天才ではなく、欠点もある人間で、主役ではないがすばらしいキャラクター。大切な作品だからこそ、自ら助演を務められてよかったと思っています」。
物語は2005年、人権派の弁護士であるナンシー・ホランダーが、キューバのグアンタナモ米軍基地に拘束されたモハメドゥ・スラヒの弁護を買って出るところから始まる。同時多発テロの首謀者として連行されながら一度も裁判が開かれていないことから、不当な拘禁だとアメリカ合衆国を訴えることにするナンシー。そんななか、テロへの“正義の鉄槌”を望む政府から米軍に対し、モハメドゥを死刑判決に処すよう命が下る。その起訴を担当することになったスチュアート中佐は真相を明らかにすべく調査を始めるのだが、ナンシーの元にもスチュアート中佐の元にも、政府からは不完全な資料しか与えられず…。
「国全体が正義を求めるなかで、彼は驚くほど勇敢な行動をとった。ワシントン・ポスト紙は彼を“良心の中佐”と呼んだが、まさにその名の通りの人物です」と、カンバーバッチは自身が演じたスチュアート中佐の功績について讃える。「彼にはモハメドゥを起訴したいと思う理由がいくつもありました。キリスト教徒で、愛国者で、ワールドトレードセンターに突っ込んだ飛行機のハイジャック犯たちに殺された副操縦士の一人と友人だったからです。それでも弁護士として、民主主義を擁護するという誓いを守れるという人はあまりいないだろうと思います」。
スチュアート中佐を演じる上では「解釈と表現を大事にしました」と語る。その一番の後押しになったのは、スチュアート本人との対面だったそうで、直接本人から弁護士や海兵隊員としての振る舞い方や、当時の感情の変化などについて教えてもらったのだという。さらに彼の父が手作りしたという、海兵隊の記章を貸してもらったことを振り返る。
「彼は『撮影中につけて』と言ってくれました。僕を信頼して記章を貸してくれたことは、心から光栄に思っています。彼とは撮影中にも話をしましたが、すごく礼儀正しく、自分の物語がモハメドゥの物語の一部になることを恐縮していました。2人ともこの映画のことも、彼の描かれ方についても支持してくれていました。そして完成した作品を観て、とても喜んでもくれました」。
本作の見どころの一つは、やはり実力派俳優たちの熾烈な演技合戦。なかでも本作の演技でゴールデン・グローブ賞主演男優賞(ドラマ部門)にノミネートされたタハール・ラヒムと、同じく助演女優賞にノミネートされた名女優ジョディ・フォスターから目が離せない。モハメドゥ役を演じたラヒムについて、カンバーバッチは「ものすごく器用な俳優で、どんな役にもカリスマ性と個性を与える」と語り、「脚本との相性も抜群によく、彼の話し方はモハメドゥそのものでした。まさにハマり役で、演技に一切ムダがない」と手放しで大絶賛。
また、ナンシー役のフォスターとの共演については「ひとりの映画ファンとして大興奮でした」と声を弾ませ、「彼女は頭が切れておもしろく、共演しやすいうえにお手本にもなる。とても勉強になったし、大きな喜びでもありました」と振り返った。
そして最後に「本作が描くのは喜びと希望、そして救済。その舞台となるのは歴史における特定の瞬間です」と、観客へ向けたメッセージを語る。「当時は誰もが自問していた。テロという凶悪な行為にどうやって正義を下すべきか、テロリストと自分たちの違いはと。これは政治スリラーであり法廷スリラーでもあります。対立する双方がそれぞれの正義を信じている。その中心にいるのが一人の類いまれな男。光り輝く魂を持つ彼の姿に観客が魅了されることを願っています」と結んだ。
構成・文/久保田 和馬