『彼女はひとり』中川奈月監督の革新性。“ホラー”を拡張する、新世代への期待【宇野維正の「映画のことは監督に訊け」】
大人たちの世界を覆う欺瞞を、大人だけでなく同世代も含む男たちの有害性を、すべて見透かしたような福永朱梨演じる主人公の鋭い視線。最初は自分自身に向けられていた破壊衝動が、運命によって「生かされた」ことで今度は容赦なく周囲へと向けられていく、その策略と行動力。中川奈月監督の長編デビュー作『彼女はひとり』の極上のサスペンスは、そんな主人公の策略と行動力=アクションによって駆動されていく。
さらに、これまでアカデミアの環境で篠崎誠監督や黒沢清監督の指導も受けてきた中川奈月監督は、彼らの過去作品から引き継いだかのようなジャンル映画=Jホラーの手法を、まったく思いも寄らなかった作中のタイミングで刷新してみせている。高度に練り上げられた脚本、ちょっと前のめり気味の独特なリズムによる演出と編集、そして名手芦澤明子による見事な撮影と、『彼女はひとり』の映画として美点は挙げればきりがないが、自分はなによりもそのテーマや手法から伺える、世界のインディペンデント系映画作家との(偶発的な)同時代性に驚かされた。
現場の経済的な困窮は相変わらずながらも、デジタル化による制作コストの低下もあって、ここ数年、日本映画界には優れた新人監督が次から次へと現れてきた。特に、これまで業界の慣習や制度によって活躍の機会が限られてきた新世代の女性監督の作品の充実ぶりには目を見張るものがある。そんななかでも、国外の若手監督の間では当たり前のように共有されている(本人は否定しているが)シネフィル的なバックグラウンドや審美眼をもった新しい監督の登場には、やはり興奮せずにはいらない。中川奈月監督のこれまでの足どりと今後の展望について、じっくりと話を訊いた。
宇野「まず驚かされたのは、この『彼女はひとり』が5年前の2016年に撮影されていた作品だということで」
中川「はい、そうです。脚本がいまのかたちになったのはその半年くらい前だったので、2015年の11月くらいですね」
宇野「そのころというと、例えばデヴィッド・ロウリーの『A GHOST STORY ア・ゴースト・ストーリー』やアリ・アスターの『ヘレディタリー/継承』のような、A24が牽引することとなったポスト・ホラーの流れもまだ顕在化してないですし、例えば今年公開されたエメラルド・フェネルの『プロミシング・ヤング・ウーマン』のような、女性監督による女性を主人公としたある種のリベンジものの傑作が生まれる全然前で。つまり、そういった映画界の重要なトレンドに後から影響されたというわけではなく、日本にいながら、そういう作家たちと同じ時代に同じようなことを感じながら映画を作っていたんだなって」
中川「私自身、この作品のジャンルがよくわからないんですよ。偶然こういう作品になってしまったとしか言えなくて。いまおっしゃっていただいたA24の作品だとか、新しく出てきた女性監督の作品とか、私も観客としては楽しんで見てはいますが、そこに自分の作品が引っかかっているという自覚もなくて」
宇野「映画的なバックグラウンドで言うと、どのような作品に愛着があるんですか?」
中川「怪奇もの、ホラーものが好きですね。日本だと黒沢清監督の作品、海外だとデヴィッド・クローネンバーグ監督の作品が特に好きで。あとはロマン・ポランスキー監督だったり、ラース・フォン・トリアー監督だったり。フォン・トリアー監督の『ドッグヴィル』みたいないや〜な話、最後にみんな殺しちゃうというか、鬱屈した感情が最終的に開放されるみたいな話をずっとやりたいなと思っていたんですよね」
宇野「(笑)」
中川「怖い映画が作りたくて。日常の延長線上で世界が少し歪んで見えるみたいな、そういうものを映像として観るのがすごく楽しくて。黒沢監督の作品もクローネンバーグの作品も、そういうところが好きなんでしょうね。内面に迫ってくるような恐ろしさみたいな。そういう嗜好が自分の作品にも反映されているから、ホラーというジャンルにもつながったのかもしれません」
宇野「『彼女はひとり』がいわゆるホラー映画ではないということは、ちゃんと強調しておかないといけないですね。ただ、2010年代後半になってから、ホラーというジャンルが世界的に何度目かのブームになったことで、ホラー要素が入ったアートハウス系の作品も、これまでだったら届かないところまで届くようになっている。そういういまの状況を個人的にはすごく楽しんでいて。ホラーとか、スリラーとか、サスペンスとかには、映画というアートフォームが持つ本質的な醍醐味があると思うので」
中川「そうですね。私もまさにそこのところがやりたくて、映画の世界に入ったような感じです」
宇野「主人公の少女が、作品が始まる時点からなにか大きな怒りを抱えているのがとても印象的でした。その怒りの背景にあるものは徐々に明かされていくわけですけど、復讐譚としてのトーンが最初から貫かれている」
中川「映画の中で“感情的な子”を見たいという気持ちがあって。鬱屈した気持ち抱えて暴走していく女の子とか、ちゃんとはっきり怒っている女の子とか、日本映画ではあまり見たことがないなってずっと思っていて。そういう女の子を私自身が映画で観たくて、それでこういう主人公になったんです」
宇野「ということは、この主人公が抱えているような鬱屈した気持ちや怒りには、ご自身の想いも反映されている?」
中川「そうですね。ずっと負け組というか、これまでいろいろ失敗してきたので」
宇野「そうなんですか?年齢的にも、人生これからじゃないですか」
中川「高校受験も大学受験も自分の中では失敗したという想いもありますし、そもそも映画を始めたのも大学を卒業してからですし。なんか、ここまですごく回り道をしてきたという想いもあって」
宇野「と言いつつ、『彼女はひとり』は母校の高校で撮影されてますよね?よくこのテーマの作品を母校で撮れたなっていう(笑)」
中川「撮ったあとに校長先生が脚本を読んで、『次はちょっと…』ってなってしまって(苦笑)」
宇野「その段階では商業作品ではなかったから撮れたんでしょうね」
中川「はい。全国公開される前提だったらきっと撮れてないです(笑)」