Netflixの字幕は不出来?「イカゲーム」でも話題となった誤訳が生じる原因を米業界誌がレポート
「イカゲーム」をはじめとした外国語作品のヒットによって、世界の字幕業界はかつてないほどの繁忙期を迎えている。アメリカで視聴可能なストリーミング・サービスのうち、Netflix、Disney+、Amazon Prime Video、Apple TV+など海外でも展開しているサービスのコンテンツは、世界数十か国の言語から字幕や吹替を選ぶことができる。もちろん日本語もある。かつてないほど膨大な量のドラマや映画が世界配信されるようになり、翻訳、字幕吹替制作料金の低下や厳しい納期によって品質管理が疎かになる現象が問題視されているという。
最近「Hollywood Reporter」誌は「なぜNetflixの字幕は不出来なのか?」と題した記事を掲載した。同誌の報道だけでなく、SNSなどでバイリンガル視聴者が字幕の誤訳を指摘し、「イカゲーム」の出演者がリモートでゲスト出演した番組「Tonight Show Starring Jimmy Fallon」でも、誤訳がジョークのネタにされていた。
記事中では、翻訳家や字幕制作会社の証言を交えながら、字幕の品質管理の必要性を説いている。字幕翻訳、そしてローカライズは語学技能と複数の文化理解を要する複雑で重要な仕事だ。脚本に書かれたセリフを翻訳し字幕にするには、文化的背景やその国でしか通用しないジョーク、相対する言葉が存在しない場合などを考慮し、音声情報の約半分の分量でまとめなくてはならない。
特に、韓国語や日本語などには属性を表す特殊な呼称があり、対応する言葉を探すのが容易ではない。例えば韓国語で「オッパ」は女性が年上の男性を、「ヌナ」は男性が年上の女性を指す呼称だが、家族以外に使う場合はステディな関係であることを匂わせる場合もある。こういった呼称は直接対応する英語単語がなく、混乱を来すことがある。「イカゲーム」では、「オッパ」がシーンによって「おじさん」や「あなた」と混在し、中年の既婚女性を指す「アジュンマ」が「おばあちゃん」と訳されていると、韓国語と英語を理解するバイリンガル視聴者からの指摘が相次いだ。
一方で、アカデミー賞作品賞を受賞したポン・ジュノ監督の『パラサイト 半地下の家族』(19)の字幕担当者によると、「ポン監督は字幕翻訳の重要性をよく理解していて、セリフのどの部分を強調し翻訳すべきかというような細かな指示があった」という。劇中に出てくる「チャパグリ」(商品名を合体した造語)は、ラーメンとうどんを混ぜた英語の造語「ラムドン(Ram-Don)」と翻訳されていて、なるほどと思った。ステイホーム中に『パラサイト 半地下の家族』のウォッチ・パーティを企画したジャレット・レトも「高級サーロイン肉とともに提供されるラムドンもメタファーだ!」とツイートするくらい、この新語は浸透していた。
誤訳が起きる原因は、作業量の急増と厳しい納期にある。また、作品数が増え市場への参入が増えたおかげで、翻訳費や制作費の低下が起きているという。「Hollywood Reporter」誌の取材に応じた字幕制作者の証言では、110分のNetflix作品に対する支払いは255ドルで、低賃金に加えて納期までが短いため、結果的に品質管理が行き届いていない字幕が世に出てしまうことになると説明している。同誌は、2015年にNetflixが日本でサービスを開始して以来、日本においても字幕制作の報酬や納期などの条件が悪化し、「経験豊富な字幕制作者の料金は約25%下がり、新規参入者の料金は半額近くに下がった」と報告している。
一方、国として映画芸術に力を入れるフランスでは、字幕翻訳家の名前をクレジットすること、劇場興行収入からの利益配分などの権利が法律で定められているという。韓仏翻訳のように翻訳者が不足している言語の組み合わせでは、一度翻訳された脚本から翻訳するのが標準的なやり方だ。世界80か国以上で1位を記録した「イカゲーム」の場合、英語版の台本をもとに各言語に翻訳された字幕も多いだろう。とすると、英語翻訳の段階でニュアンスが異なる翻訳がなされると、そのまま各国語に翻訳されて世界に流通することになる。
ストリーミング・サービスの台頭により海外の作品を気軽に楽しめるようになった反面、馴染みのない言語の作品は、翻訳に頼る以外に理解する方法がないと気づかされる。ドラマや映画を観ながら訪ねたことのない異国の物語に想いをはせ、文化や生活の相違点を発見する視聴体験はとても豊かなものだ。パンデミックでステイホームを余儀なくされた期間にも、海外の景色や物語に癒され、元気づけられたことも多かった。ドラマから興味を持ち、言語を学ぶきっかけになることもある。いまや世界各国の民間文化外交を担うストリーミング・サービスは、字幕、吹替翻訳にかける労力と予算を確保し、品質向上に務めていただきたい。
文/平井伊都子