入江悠監督、オール韓国ロケで臨んだ『聖地X』で感じた“ワールドスタンダード”
「韓国ではパワハラやセクハラなどに対する社会的な意識改革がとても上手くいってる気がします」
入江監督は『聖地X』についての手応えをこう表現する。
「前川さんに試写を初めて観てもらったあとで、『僕の作品でここまで教訓やなんのメッセージもない映画ができたのは初めてです』という話をしました。もちろんいい意味で言ったのですが、そういう押し付けがましいメッセージ性がないからこそ、映画単体としての“純度”が高まった気がします」。
監督は「そもそも僕が子どものころに映画にハマった映画って、『とにかくおもしろい!』と感激し、2時間があっという間に過ぎてしまうような映画でした」と自身の原体験を振り返った。「いつしか自分が映画監督になり、『SR サイタマノラッパー』シリーズを作った時も、それ以降も、青春もの、音楽もの、サスペンスといったジャンルや“ロードサイドもの”のような社会派なメッセージ性を求められることも多かった。そういう枠を外して、映画単体としておもしろいと思える映画が、一番ピュアで強い気がします。改めてそう思っていたタイミングで出会ったのが『聖地X』で、これは自分では絶対に書けない物語だとも思いました。最後には予想もしなかったところに着地しますが、それこそが映画を観る醍醐味だと思います」。
また、所変われば、現場も変わる。今回、日韓混合チームで撮影をした入江監督は、韓国人スタッフについて「日本の現場に比べて圧倒的に若い子が多くて、のびのびしてるなと思いました」と印象を語る。
「意見を出し合うやり方は日本での撮影に近い感じでしたが、韓国のスタッフは理知的というか、冷静に撮影を進めていくんです。日本だと僕がベテランのスタッフに無茶を言うと、イラっとされることもありますが、そういうこともなく、すごく現場が成熟している感じがしました。日本映画の製作現場は、精神論や徒弟制がとても強い世界だと思いますが、韓国ではパワハラやセクハラなどに対する社会的な意識改革がとても上手くいっているからだと思います」。
韓国ロケはスケジュールにも余裕があり、週休2日制で行ったそうだ。
「韓国というよりは、むしろワールドスタンダードなのかなと。日本では会社員の皆さんがほとんど週休2日制ですが、それと同じことです。ちゃんと週に2日休めることでリフレッシュできるので、僕の場合は撮影に向けてきちんと準備ができるし、俳優と一緒にご飯に行き、いろんなことを語る時間もできて、そこは良かったですね。日本でもそうしたいけど、なかなか実現しないです」。
また、韓国チームとの出会いはとても大きったという入江監督。
「コロナにならなかったら、本作をきっかけに、企画書を作って韓国の制作会社を訪ねたりしたかったなと思います。せっかく日本と韓国のスタッフや俳優が交流して映画を1本作れたので、そこのつながりが切れてしまったのはもったいなかったです。
思い返すと2018年にシナハン(シナリオハンティング)で、マ・ドンソクさんの現場を見学に行ったら、いきなり夕飯を一緒に食べに行こうと言う話になり、プロデューサーと一緒に連れていってもらったことがあって。そういうフランクさはなかなか日本にはないことだなと。それだけ、現場に余裕があるんです。大いに刺激を受けました」。
ぜひ海外進出第1作目の『聖地X』を大スクリーンで観ていただきたい。
取材・文/山崎伸子