アレック・ボールドウィン銃誤射事故、ハリウッドの映像制作現場から原因を紐解く

コラム

アレック・ボールドウィン銃誤射事故、ハリウッドの映像制作現場から原因を紐解く

アレック・ボールドウィンが主演、製作を務める映画『Rust』の撮影現場で凄惨な事故が起きてから約1か月。映画の制作スタッフがプロデューサー陣を訴える提訴が続いている。監督や撮影監督の傍らで仕事をし、事故の第一通報者となった記録担当者がプロデューサー陣とボールドウィンを相手取り、精神的苦痛を受けたとして損害賠償を求めている。記録担当者によると、もともと台本には銃を発砲する記述はなく、銃にかけた手や血痕のアップを撮影することになっていたという。同様の訴訟は電気技師からも起こされている。

『Rust』は、『ウォークラフト』(16)や『荒野にて』(17)、テレビシリーズ「レイズド・バイ・ウルブス/神なき惑星」(20)などで活躍するトラヴィス・フィメルと、ボールドウィンが主演する西部劇。ボールドウィンが、空砲だとして渡された小道具の銃を発砲したところ、撮影監督のアリナ・ハッチンスに命中。彼女は命を落とし、後方にいたジョエル・ソウザ監督も負傷し病院に搬送された。現在も捜査が続けられている。

ボールドウィンのプロップガン誤射により、撮影監督が死傷した事故から1が月が経過
ボールドウィンのプロップガン誤射により、撮影監督が死傷した事故から1が月が経過写真:EVERETT/アフロ


どうしてこんな事故が起きてしまったのか。ニュースを聞いた誰もが思うが、これは突発的な事故ではなく、ハリウッドの映画製作にまつわる複合的な状況が引き起こした悲劇だとも考えられる。

撮影が行われていたニューメキシコ州は、映画やドラマシリーズなど映像作品の撮影誘致を積極的に行い、地域経済の発展を目指している。ニューメキシコ・フィルム・コミッションによると、同州で撮影のために使用した制作費の税金が25~35%返却されるタックス・クレジット(税額控除制度)や、若手製作者育成のためのメンタープログラムなどを提供している。ニューメキシコ州は「ブレイキング・バッド」(08〜13)のロケ地として名を馳せたころから積極的に誘致を始め、2018年にはNetflixがニューメキシコ州アルバカーキのスタジオを買収している。同様の税額控除制度で、地域経済を振興させたジョージア州アトランタやカナダのバンクーバーのように、多くの映像作品が作られている。税額控除を受けるためには、州内で制作や支払いが行われる必要があり、そのなかでも大きな額を占める人件費については、州内居住者雇用に対する支払いに限られる。

『Rust』の撮影現場だったニューメキシコ州は、「ブレイキング・バッド」のロケ地としても知られる
『Rust』の撮影現場だったニューメキシコ州は、「ブレイキング・バッド」のロケ地としても知られる写真:EVERETT/アフロ

この事故と時を同じくして、映像制作現場における労使交渉に起因する大きな問題が起きていた。フリーランスの映像制作スタッフが加入するIATSE(国際映画劇場労働組合)は、映画スタジオやストリーミングサービス、そしてテレビ局からなる業界団体AMPTP(全米映画テレビ製作者協会)と、物価上昇率に相対する賃上げ、労働時間に見合った休憩時間、休日の確保などを争点に労働条件改正交渉を今年2月から長期間にわたり行っていた。10月には、組合設立128年の歴史で初となる全国規模のストライキの実施承認投票を行い可決された。寸前でストライキは避けられたものの、映像製作の労働環境改善までにはさらに交渉を続けなくてはならない。この数年間でストリーミングサービスが乱立し、映像作品の需要が高まっていることに加え、パンデミックにより制作が遅れたことで、実際に作品を作る制作スタッフへのしわ寄せが激化していた。

『Rust』の撮影現場でも、労使関係の問題が頻発していたという。亡くなった撮影監督と共に撮影部で働いていたスタッフのうち6名が、労働条件に抗議し事故直前に辞任している。多くのスタッフは撮影現場至近のホテルではなく、移動時間が長くかかる遠隔地に宿泊していて、十分な休憩時間が取れていないことが問題になっていた。「Hollywood Reporter」誌によると、『Rust』の製作予算は約728万ドル(約8億3000万円)。いわゆる低予算映画の部類に入り、プロデューサー6名分で65万ドル、武器担当者への支払いは7913ドルが計上されていた。これらの支払い額は低予算映画ではごく一般的なもので、ニューメキシコ州内から75人のスタッフ、22人の役者、230人のエキストラを雇用する約束だった。映像製作繁忙によって熟練のスタッフを揃えられないことに加え、税制優遇措置に課せられた州内在住者雇用制限によって、経験値の低いスタッフを重要な役割につけなくてはいけない状況が生まれている。

亡くなった撮影監督のアリナ・ハッチンス。現場を共にした映画人などから哀悼の声が寄せられている
亡くなった撮影監督のアリナ・ハッチンス。現場を共にした映画人などから哀悼の声が寄せられている画像はJensen Ackles(@jensenackles)公式Instagramのスクリーンショット

誤射事故の捜査は、小道具係の経験値不足や現場担当者による安全確認のずさんさが争点になっている。映画撮影現場での実銃、実弾使用に対する反対意見も、監督や役者の間から挙げられている。このような悲惨な事故を2度と起こさないためにも原因究明に努め、さらには現在の映像製作環境の改善にも目を向けなくてはならない。どんなすばらしい作品であっても、安全と人権が守られた現場で作られていなければ意味がない。また、IATSEのような業界労働組合は労使交渉だけでなく、クリエイティブ、安全、倫理などの研修や教育機関も兼ねている。亡くなったハッチンス撮影監督のご冥福を祈ると共に、映画を受け取る側の私たちも、映像制作現場の問題に意識を傾ける必要がある。

文/平井伊都子

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