キーワードは“リアル・ニューヨーク”。ファッションでみる『ウエスト・サイド・ストーリー』
オリジナルのブロードウェイ・ミュージカルの誕生から半世紀以上、スティーブン・スピルバーグ監督が現代のスクリーンに蘇らせたのは、不朽の名作『ウエスト・サイド・ストーリー』(公開中)だ。本作は、1957年に誕生したブロードウェイ・ミュージカル「ウエスト・サイド物語」を原作とし、差別や偏見による社会への不満を抱えた若者たちの、対立と恋を描くミュージカル映画。1961年にも『ウエスト・サイド物語』の題で映画化され、アカデミー賞10部門を受賞した。今作では『ベイビー・ドライバー』(17)のアンセル・エルゴートが主人公のトニーを演じ、オーディションで選ばれたレイチェル・ゼグラーがヒロインのマリアを務めている。
ストーリーラインは、ウィリアム・シェイクスピアの『ロミオとジュリエット』に着想を得たもので、舞台は1950年代のニューヨーク。なかでも、大都会ながら小さな面積の中に人々がひしめくマンハッタンの、アッパー・ウエストサイドで物語は繰り広げられる。現在は、リンカーンセンターのあるリンカーンスクエアと呼ばれる一角を指し、アフリカン・アメリカンたちが最も多く住んだエリアのうちの一つで、プエルトリコの移民たちも多く居住したことから、一時期は、サン・フアン・ヒルとも呼ばれていたそうだ。
このエリアのみならず、アメリカで生き残るために多くの移民たちがそうしたように、互いに支え合い、コミュニティを形成した。スパニッシュとイングリッシュを織り交ぜながら、ベルナルド(デヴィッド・アルヴァレス)が率いるプエルトリカンの「シャークス」たちは集うが、貧困や偏見などに不満を募らせるアメリカンの若者たちも、自分たちの“居場所”を求めて結束し、ギャングのグループ「ジェッツ」を構成して「シャークス」と対立する。
この時代、ニューヨークは好景気に沸き、商業やアートの街として急速に発展を遂げていた。都市の開発が進み、古い建物が取り壊されてできるがれきの山と比例するかのように、夢と野望を抱えて、世界中から人々がニューヨークに集まるようになった。そんなニューヨークの背景は、本作のキーポイントで、とても写実的に描かれている。ストリートや街の風景なども、どちらかというと舞台のセット風だった1961年の前作と比べると、よりリアリスティックだ。それを代表する表現の一つが、本作におけるサブウェイだろう。
地下鉄といっても、路線の一部が地上に出ることもあるのだが、ニューヨーク市の電車システムは、1904年の開通より市民の主要な足となっている。ニューヨークのアイコニックなシーンを演出してきた列車や駅は、本作のとあるシーンにも印象的に組み込まれ、この時代のニューヨークをより現実的に見せている。そして、どの都市にも、その街特有の匂いや音があるものだが、ニューヨークでは、その特徴であるサイレンの音と合わせて、電車の轟音が時折聞こえてくるもので「シャークス」のリーダー、ベルナルドの妹であるマリアが登場するあるシーンで、リアルなBGMの役割を果たしている。
本物であるという意味でのこの「リアル」というのは、本作でコスチュームデザインを担当したポール・テイズウェルにとってもキーワードのようで、いくつかのインタビューで、ハリウッドが作るニューヨークバージョンではなく、「当時のニューヨーカーのファッションを、オーセンティックに表現したかった」と答えている。2016 年に、ブロードウェイ・ミュージカル「ハミルトン」のベストコスチュームデザインで、トニー賞の受賞歴のあるテイズウェルは、丹念にリサーチをするアプローチで定評があり、真正さを追求するために、20世紀を代表する写真家、ブルース・デビットソンやゴードン・パークスのフォトグラフィーを参考にしたそうだ。
そういった写真にもみられるように、ブラック、そしてブラウンコミュニティの人々にとって、きちんとした格好をして外出することは、とても大事なことだった。「シャークス」のメンバーたちは働いている者が多いから、ボーイズたちはドレスシューズを履いている。職に就いているといっても裕福という意味ではないのだが、そんななかでも彼らが正装するときのシャツにはきちんとアイロンがかけられ、シューズは新品のように磨かれているに違いない。
対して、貧困に喘ぐ「ジェッツ」のボーイズたちが履いているのはスニーカーだ。また、ストーリーが展開するなかで「シャークス」たちがジャケットやタイなどでドレスドアップするルックと対比して、アメリカを象徴するアイテムであるデニムを着用するのは「ジェッツ」のメンバーだけだ。カラーパレットのコントラストも色彩と表現が豊かで、「ジェッツ」たちにはデニムのようなブルー系が多く用いられているのに対して「シャークス」たちは、明るい暖色系を身に纏っている。
1950年代、ウィメンズのファッションと言えば、ウエストマークでスカートのボリュームを出したAラインが代表的で、女性らしい丸みを帯びたシルエットを強調するようなルックが流行した。作中にもそういったルックが各所でみられるのだが、「シャークス」のリーダー、ベルナルドの恋人で、マリアを実の妹のようにかわいがるアニータ(アリアナ・デボーズ)が、伝説のナンバー「アメリカ」で魅せるのは、前作のパープルドレスとは違い、イエローとレッドで情熱的なもの。それに対してもうひとつ語り継がれるルックと言えば、マリアのホワイトドレスだが、こちらは前作と同様に赤いベルトを締めて完成し、ピュアなマリアの純真無垢さと未来へのときめきが表現されたスタイルとなっている。
オリジナル、前作、本作にはそれぞれ同じところも違うところもあるが、とにかく言えるのは、たとえ誰が演じようと、アニータ(この役については、前作ファンも唸るうれしいサプライズがある)が文句なしにすばらしいということ。そして、『ウエスト・サイド・ストーリー』という作品自体が、とてつもない名作だということだ。俳優、ミュージカルや音楽業界、エンターテインメント界に携わるすべての人の運命を変えたと言っても過言ではない作品に、出会えた幸運に酔い痴れる。ダンスもさることながら、特にフィンガースナップとともに幕開ける「プロローグ」「マンボ」「アメリカ」、そして「トゥナイト」がシアターに流れると、心は躍り、胸が弾み、目頭が熱くなる。スピルバーグ監督が10歳のときに作品を見て「一生忘れられない経験をした」と言っていたように。あなたの人生が変わるのは、「今夜」かもしれない。
文/八木橋恵