オバマ元大統領も絶賛した「スモール・アックス」が描く、“BLM”の源流と知られざる闘いの歴史
第86回アカデミー賞で作品賞など3部門に輝いた『それでも夜は明ける』(13)のスティーヴ・マックイーン監督が手掛けた、映画アンソロジー・シリーズ「スモール・アックス」(全5話)が、スターチャンネルEXにて独占配信中(4月19日よりBS10 スターチャンネルにて日本独占放送)。テレビシリーズとして製作されながら、世界中の映画賞をも席巻する大反響を巻き起こした本作の魅力と、そこに込められたメッセージについて紐解いていきたい。
『それでも夜は明ける』でアメリカの黒人差別の歴史について描いたマックイーン監督が、本作でスポットライトを当てるのは、自身のルーツであるロンドンのカリブ系移民コミュニティの人種差別の歴史。実話をベースにした4つの物語を含む5つの物語で、1960年代から1980年代のロンドンを生きるカリブ系黒人住民たちの人生の喜びや哀しみ、そして自らの運命を変えようと苦悩して闘い続けた人々の姿を描いていく。
第1話「マングローブ」は、人種差別主義の警察を相手に裁判で闘った9人の勇者“マングローブ9”の物語。第2話の「ラヴァーズ・ロック」では、レゲエのジャンルの一つである“ラヴァーズ・ロック”の楽曲をふんだんに散りばめながら青春ラブストーリーを描きだし、第3話「レッド、ホワイト&ブルー」では警察内部から白人優位主義に挑んだ男の実話を、第4話「アレックス・ウィートル」では1981年のブリクストン暴動に関与して刑務所に収監された作家の半生を描く。そして第5話「エデュケーション」では、読字障害の少年を主人公に、特別支援学校という“非公式”の隔離政策の真実を暴いていく。
第1話と第2話はカンヌ国際映画祭のオフィシャル・セレクションに選出され、またアカデミー賞の重要な前哨戦となるロサンゼルス映画批評家協会賞では、昨年のアカデミー賞作品賞を受賞した『ノマドランド』(20)を抑えて、シリーズ全5話を一本の作品として最優秀作品賞を受賞。さらに毎年ベスト映画を発表しているバラク・オバマ元大統領が“2020年のベスト映画”に第2話「ラヴァーズ・ロック」を選出するなど、テレビシリーズと映画の垣根を越えて大絶賛を獲得。一つ一つのエピソードを“映画”として位置付けながらも、“テレビシリーズ”であることにこだわった理由としてマックイーン監督は、「私の母親でも家で気軽に観られるように、テレビで放送する作品として作りたいと思った」と述べている。
2020年に発生したジョージ・フロイド事件をきっかけに、一気に世界中に響き渡った“Black Lives Matter(BLM)”のスローガン。しかしこの言葉は、それよりも前の2012年に生まれたと言われており、さらにその源流となる闘いには知られざる長い長い歴史が存在している。これまであまり語られてこなかったイギリスのカリブ系黒人が経験してきた史実を、様々な切り口で描く本作では、ジョン・ボイエガやレティーシャ・ライトをはじめとした実力派俳優をキャスティングすると同時に、機会に恵まれない若手黒人俳優にチャンスを与えたいと多くの無名俳優を起用したとか。
先日行われた本作の第1話最速無料試写会でトークイベントに登壇した映画・音楽ジャーナリストの宇野維正は、BLMに至るまでのイギリスにおける黒人差別の歴史について振り返りながら、「監督のインタビューにもありましたが、ウィンドラッシュ世代(第二次大戦後にカリブ海地域からイギリスへ移住した人々)の当事者から“一次情報”が得られるうちに映画にしたいという思いが強く、人種主義に対して抗議したいという気持ちもあったと思います」と解説。
そして「スティーヴ・マックイーン監督のキャリアでも極めて重要な作品。1話1話が独立したかたちで、それぞれが1本の映画になっている。5つ観ることによって“立体的”に60年代後半から80年代中盤の英国ブラックコミュニティが浮かび上がるので、僕自身すごく勉強になりました」と、いまだからこそ見逃せない本作の意義について熱を込めて語っていた。
ちなみにタイトルである「スモール・アックス」は、ボブ・マーリー&ザ・ウェイラーズの1973年のアルバムに収録された同名楽曲から取られている。その歌詞のなかには「If you are the big tree, we are the small axe」という有名なフレーズがある。これは19世紀後半まで続いた黒人奴隷貿易に起源をもつカリブ地域のアフリカ系黒人コミュニティに伝わることわざで、権力を持つ者(=大きな木)を、小さな斧である自分たちはいつでも切り倒してやるのだという反骨のメッセージが込められている。いまなお根深い人種差別が世界中に蔓延るなか、本作の5つの物語を通して見えてくる一つの大きなメッセージを受け取り、その歴史に思いをめぐらせてほしい。
文/久保田 和馬