是枝裕和監督がソン・ガンホらに当て書きした“命を巡る物語”『ベイビー・ブローカー』。スタッフも韓国最高峰な本作が生まれた舞台裏
第75回カンヌ国際映画祭の「コンペティション」部門で、見事最優秀男優賞&エキュメニカル審査員賞の2冠に輝いた、是枝裕和監督による初の韓国映画『ベイビー・ブローカー』が6月24日よりついに公開した。カンヌ前に実施した本インタビューで「韓国を代表する俳優とスタッフを隅々まで取り揃えたところに僕が飛び込んで撮ったものを、韓国の映画ファンの人たちがどう観るのか。まったく予測がつかず、非常に興味深い。まずは韓国でちゃんと当たるといいなと思っています」と展望を語っていた是枝監督。
6月8日の韓国公開初日には15万人近い観客を動員し、『ジュラシック・ワールド/新たなる支配者』や『犯罪都市2』などを押さえて興行収入第1位を獲得するなど、すばらしい船出を迎えた。本作の製作の裏側を、是枝監督に聞いた。
「Bから始まる3つの単語を並べて、“赤ん坊の泣き声”と“箱”と“ブローカー”という、3つの要素からスタートした」
『万引き家族』(18)で第71回カンヌ国際映画祭の最高賞であるパルムドールを受賞。日仏合作映画『真実』(19)では海外での映画製作も経験した是枝裕和監督が、韓国の国民的俳優であるソン・ガンホやカン・ドンウォン、ぺ・ドゥナらと韓国最高峰のスタッフを率いて、オール韓国ロケで『ベイビー・ブローカー』を製作するに至った背景にはどのようなやりとりがあったのか――。
実現に向けて「韓国サイドから熱烈なオファーを受けたのか」と尋ねると、監督は「始めは『いつかなにか一緒にやれたらいいですね』という、映画祭でみんなが集まると必ずある社交辞令(笑)」と話していたが、その社交辞令を実現してしまうのが是枝監督ならでは。2009年に『空気人形』で一度タッグを組んだぺ・ドゥナはもちろん、カン・ドンウォンやソン・ガンホとも長きにわたって交流があり、3人それぞれから「一緒に映画を撮りたい」と常々声を掛けられていたのだという。
「誰が最初にやろうと言い出したのかを言及しちゃうと、話がややこしくなるから(笑)」と明言を避けるが、血のつながりをテーマに制作した『そして父になる』(13)以来、是枝監督が長年温めていたという“赤ちゃんポスト”を題材にした企画が、韓国の制作会社ZIP CINEMAとの間で徐々に形になり始めたのはおよそ6年前のこと。
「ある一人の女性が雨のなか、赤ん坊を捨てに来るというシーンのイメージだけが僕の中にはあって。そこを起点としながら、少しずつ発想を広げていったんじゃなかったかな。刑事が赤ちゃんを箱に入れるというアイデアを思い付いたのは、もっとあとになってから。まずは『ゆりかご』というタイトルで簡単なプロットを書いてペ・ドゥナに渡したところ、読むなり『この役はソン・ガンホさんでしょ?』『こっちの役はカン・ドンウォンさん?』と、すぐさま彼女に指摘されてしまった。名前こそ書いていなかったけど、最初から完全に2人をイメージして当て書きしてました(笑)」
プロットの段階では「赤ちゃんポストに預けられた赤ん坊を売りに行こうとしていたブローカーたちが、疑似家族になっていくだけのシンプルな話だった」というが、実際に韓国で様々な取材を始め、脚本のリライトを繰り返し、キャスティングも同時に進めていくなかで、「『母親になることを選ばなかった2人の女性が、母親になっていく話を並走させよう』と思い立ちました。『売る側の女性と追う側の女性が、旅を通じてどう変化していくかを描いたお話でもあります』と、脚本を詰めていくプロセスで、役者宛てに出した手紙の中に書いた気がする」と、『ベイビー・ブローカー』が是枝監督がこれまで何度も形を変えて描いてきた“家族の物語”からさらに一歩先に踏み込んだ“命を巡る物語”へと深化した過程も明かされた。
超多忙を極める人気俳優たちゆえ「思い通りのキャスティングが叶う保証はまったくなかった」とも言うが、当初の宛て書き通り、人間味あふれるブローカーのサンヒョン役をソン・ガンホ、サンヒョンの仕事のパートナーで、赤ちゃんポストのある施設で働く児童養護施設出身のドンス役をカン・ドンウォン、彼らを検挙すべく尾行する刑事スジン役をぺ・ドゥナが演じることが無事に決定。さらに、赤ん坊を一度は手放すも、思い直して戻ってくる若い母親ソヨン役に韓国トップの歌姫として圧倒的な人気を誇るIUこと、イ・ジウンが抜擢された。
「サンヒョンとドンスと成り行きから“養父母探し”という名目の旅に出る母親ソヨンには、警察での『供述調書』という形のモノローグで、一方の刑事役のペ・ドゥナには『始末書』という形で。物語の周辺にまつわることや、事件が起きる前にそれぞれになにがあったのかをまとめて、撮影前にそれぞれの俳優に手渡した」という監督。物語の中ではぺ・ドゥナ演じる刑事スジンのバックボーンはあまり詳しく語られないが、「ソヨンを前に『捨てるなら産むなよ』と毒づくスジンが、甲斐甲斐しく世話を焼いてくれる夫と結婚するに至った経緯も書いてあったから、役を演じるうえでの手がかりにはなったと思う。この映画はある意味、スジンが吐いた毒が、解毒されていく話であるとも言えるんじゃないかな」と、舞台裏を明かす。
ちなみに、監督が最初に付けたタイトルは『BABY BOX BROKER』だったといい、「Bから始まる3つの単語を並べて、“赤ん坊の泣き声”と“箱”と“ブローカー”という、3つの要素からスタートした」ことも教えてくれた。