是枝裕和監督がソン・ガンホらに当て書きした“命を巡る物語”『ベイビー・ブローカー』。スタッフも韓国最高峰な本作が生まれた舞台裏 - 2ページ目|最新の映画ニュースならMOVIE WALKER PRESS
是枝裕和監督がソン・ガンホらに当て書きした“命を巡る物語”『ベイビー・ブローカー』。スタッフも韓国最高峰な本作が生まれた舞台裏

インタビュー

是枝裕和監督がソン・ガンホらに当て書きした“命を巡る物語”『ベイビー・ブローカー』。スタッフも韓国最高峰な本作が生まれた舞台裏

「『生まれてよかったんだろうか』とずっと疑問に思いながら育ってきた子どもたちに、大人側の人間の一人としては、なにかしらのアンサーを」

監督と共に撮影現場に入ったのは、韓国語が話せる日本人の助監督と監督助手のみ。現場でのキャストやスタッフとのコミュニケーションは、『空気人形』のころから付き合いがあり、是枝監督が全幅の信頼を寄せている韓国人通訳を介して、意思疎通が行われた。

「彼らが話している言葉の意味が分かるわけではないので、それ以外の部分でどんなふうに掴んでいくかというのは非常に難しい作業で。メインの役者で脚本(ホン)読みをしながら、どれくらいのトーンで作っていくかをお互いに探り合うなかで、ソン・ガンホさんからはかなりいろんなパターンが出てきた。『この場面ではどのくらいの軽さで言うべきか』といったような、最終的な着地点を探していく作業は、撮影が始まってからもかなりやりましたし、ペ・ドゥナのセリフに至っては、韓国語に翻訳されたものは僕が日本語で書いたものより“刑事口調”が強かったようで、『これは日本語ではどういう表現なのか』と本人から確認があり、『それだと監督の意図しているものとは違うと思う』といったやりとりをして、そこからかなり修正を加えたはず。結果的に韓国の人が観て違和感がないものになっているとは思いますけど、通訳を介する以上はそのあたりのニュアンスはどうしても手探りになる。相当時間をかけてやった作業なので、おもしろかったけど、大変でした」

サンヒョンとドンスを現行犯で逮捕しようとするスジン(ペ・ドゥナ)&イ(イ・ジュヨン)
サンヒョンとドンスを現行犯で逮捕しようとするスジン(ペ・ドゥナ)&イ(イ・ジュヨン)[c] 2022 ZIP CINEMA & CJ ENM Co., Ltd., ALL RIGHTS RESERVED

撮影を『パラサイト 半地下の家族』(19)のホン・ギョンピョに依頼したのは是枝監督の意向だったというが、「実は、準備時間が短すぎて無理だと最初は断られたんだけど、ポン・ジュノ監督に相談したら彼のほうから圧をかけてくれて(笑)…というのは冗談ですが、無事に引き受けてくれました。ホン・ギョンピョさんとは同い年ということもあって、現場でとてもいい関係が築けました」

『うわ、すごい。なんなんだこの子は!』とIUの存在感に圧倒されたという
『うわ、すごい。なんなんだこの子は!』とIUの存在感に圧倒されたという撮影/杉 映貴子

音楽を手掛けるのは、同じく『パラサイト~』や「イカゲーム」(21)で知られる新鋭、チョン・ジェイル。「彼がMCを務める音楽番組にIUさんが出演したことがあって。彼女が韓国の昔の歌謡曲を歌った映像を観て、『うわ、すごい。なんなんだこの子は!』って圧倒された。既にIUさんにはオファーしたあとだったんだけど、それが彼を選ぶ決め手になりました。仕上げの現場にまでやってくる作曲家はなかなかいないけど、彼は立ち会いたいと言って、ダビング現場で僕と一緒に観ながら音のバランスを確認して。『昨日より2秒ぐらいテンポを遅くして録音し直したから』って、翌日差し替えたこともありました」

ロケーションについては「釜山で始まってソウルまで行く物語にしたい、ということは決めていたので、電車好きとしてはKTX(韓国高速鉄道)に乗りたいなと(笑)。コロナ禍の撮影で、ロケ地を感染率の低い場所に変更したこともありましたけど、PCR検査を徹底し、エキストラも含めてソウルから全員バスで連れて行くなど、プロフェッショナルな対応でした」と明かす。

ひょんなことから旅に同行し、大人たちを困らせ&和ませる施設育ちの少年ヘジン
ひょんなことから旅に同行し、大人たちを困らせ&和ませる施設育ちの少年ヘジン[c] 2022 ZIP CINEMA & CJ ENM Co., Ltd., ALL RIGHTS RESERVED

旅の中盤からクライマックスにかけてのエモーショナルなシーンが撮影された遊園地については「日本でいうところの『浅草花やしき』のような、ちょっとレトロな場所みたい。観覧車が出てくるシーンは過去にも何度か撮ってるんだけど、狭いから単純に撮るのが大変で。でも好きだからこだわりました。韓国の人たちは観覧車がそれほど好きじゃないようで、『なんで観覧車が出てくるんだ?』って聞かれましたけどね(笑)」

天真爛漫な子どもが登場するのも是枝作品ならではだが、さすがの監督も今回の子役にはかなり手こずったという。「最終的に映っている彼は本当にすばらしいと思うけど、ここまで大変だとは思わなかった(苦笑)。カン・ドンウォンが撮影の空き時間にずっと彼の面倒をみてくれて、本当に助かった。この前半年ぶりに会って『いま誰に会いたい?』って彼に聞いたら、『カン・ドンウォン!』って答えていたから、よっぽど楽しかったんじゃないかな(笑)」

晴れやかな笑顔を見せる、ソン・ガンホ&カン・ドンウォン。『ベイビー・ブローカー』撮影現場のワンショット
晴れやかな笑顔を見せる、ソン・ガンホ&カン・ドンウォン。『ベイビー・ブローカー』撮影現場のワンショット[c] 2022 ZIP CINEMA & CJ ENM Co., Ltd., ALL RIGHTS RESERVED

赤ん坊という“一つの命”との旅を通じて距離が縮まった赤の他人同士が、互いの存在に救われる場面は感動的だ。監督は「児童養護施設の取材を通して『自分の生が肯定されていない』と感じている子どもたちと出会って、『生まれてよかったんだろうか』とずっと疑問に思いながら育ってきた彼らに、大人側の人間の一人としては、なにかしらのアンサーをしなければいけないのではないかと思った。そのことが、今回の作品テーマにつながった」と述懐する。

是枝作品においては珍しく感じるストレートな表現も登場するが「イ・ジウンさんが韓国語で発するセリフだったから書けたところもある。日本語だったらさすがに恥ずかしくて書けなかったかもしれない。だからあの場面では電気も消しました(笑)」と解説。

国際映画祭での交流が、『ベイビー・ブローカー』制作につながったという
国際映画祭での交流が、『ベイビー・ブローカー』制作につながったという撮影/杉 映貴子

フランスに続き、韓国での撮影も経験し「『ちゃんと食べて、ちゃんと寝ていれば、人は怒鳴らない』と、現場でみんなが口々に話していたのがすごく印象的だった」と語る是枝監督。「ハラスメント対策も徹底されていて、週の労働時間の上限も法律で決められているから、現場で怒声が飛び交うようなことはまず起きない。いまだにパワハラが温存されてしまっている日本の撮影現場は、非常に遅れていると思います。韓国の現場を羨ましがっている場合ではなく、我々も少しずつでも改善していかないと」と、海外での撮影で得た知見を日本に持ち帰ることを繰り返していきたい、と展望を語ってくれた。

取材・文/渡邊玲子


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