「『エルヴィス』で描かれる芸能界は、日本やK-POPにも通じる」バズ・ラーマン監督にインタビュー

インタビュー

「『エルヴィス』で描かれる芸能界は、日本やK-POPにも通じる」バズ・ラーマン監督にインタビュー

『トップガン:マーヴェリック』に代わって全米興行チャートのナンバーワンとなり、日本でも好評を博している『エルヴィス』(公開中)。42歳で世を去った不滅のロックスター、エルヴィス・プレスリーの生涯を題材にとり、彼のマネージャーであるトム・パーカー大佐との壮絶な葛藤を、実話に基づいて描いている。言うまでもなく、エルヴィスは1950年代に登場するやポピュラー・ミュージックに革命をもたらし、後のビートルズにも、とてつもない影響をあたえた存在だ。

押しも押されぬ大スターだったが、アーティストとしての創作活動は必ずしも自由に行えたわけではない。そんな彼の知られざる側面にスポットを当てたのが、『ムーラン・ルージュ』(01)や『華麗なるギャツビー』(13)でおなじみの、オーストラリアの鬼才バズ・ラーマン監督だ。エルヴィスのどんな実話に、彼は心を動かされたのか?キャンペーンで来日したラーマンが、本作に込めた思いを語ってくれた。

とてもおしゃれでチャーミングなバズ・ラーマン
とてもおしゃれでチャーミングなバズ・ラーマン撮影/杉映貴子

『エルヴィス』はラーマンにとって、実に8年ぶりの監督作だが、特別な映画であることは間違いない。「この映画は、私の集大成という気がしています」と、彼は語る。「私の映画の多くは、ある英雄の旅を描いています。チャンスを得て上昇していくが、予期せぬ事件によって破滅へと向かう。そこには美しい瞬間もあれば、悲劇もあります。そういう意味で集大成だけれど、この映画の製作過程が特別だったことも影響しているでしょう。まず、プレスリーを演じられる役者を探すことに膨大な時間を割きました。長い期間をかけてキャスティングが決まり、やっと撮影を始められたと思ったらパンデミックが到来し、“この映画は作れない、もう終わりだ”と考えたこともありました。大佐役のトム・ハンクスもコロナに感染してしまい、彼は“すぐに戻る”と言ってくれたけれど、そんなに簡単にはいかないだろうと私は悲観的になっていました。しかし、ハンクスを含め多くのスタッフが勇敢にも撮影に戻って来て、パンデミックのなかでも映画を撮ることを可能にしてくれました。『エルヴィス』の物語には、そのようなポジティブな要素も反映されていると思います」。

オースティン・バトラーが伝説のアーティスト、エルヴィス・プレスリーを演じる
オースティン・バトラーが伝説のアーティスト、エルヴィス・プレスリーを演じる[c]EVERETT/AFLO

単なる伝記映画はラーマンの目指すところではなかった。『エルヴィス』には彼の独特の視点がある。「シェイクスピアの作品のいくつかは、歴史上の有名な人物を取り上げて、その人を取り巻く世界を描いていますが、私もそれに倣おうと思いました。エルヴィスを通して、1950~70年代のアメリカを探求しようとした。それは、まさにエルヴィスの時代であり、彼こそが文化の中心にいたのですから」。

物語は社会性にも切り込み、社会格差や人種差別など、現代にも通じる当時の問題が浮かび上がる。「リサーチのために、エルヴィスの邸宅で、いまでは観光地となっているグレイスランドに行ったけれど、それまで知らなかった多くのことを吸収できました。黒人の居住区で白人の幼いエルヴィスが暮らしていたとか、そこからリベラルな精神を身に付けてパンクの姿勢を身に付けていたったとか。当時のアメリカは、とにかく不平等な社会でしたから。デビュー後の彼のファッションやステージアクションは1950年代には刺激的すぎた。しかも若者に影響力を持つスターとなったのだから、当局は彼を恐れたのです」。

男性がメイクをすることも当時ではセンセーショナルだった
男性がメイクをすることも当時ではセンセーショナルだった[c]EVERETT/AFLO

そんなエルヴィスの手綱を握ることになったのがトム・パーカー大佐だ。彼の頭にあるのはビジネスだけ。「彼とエルヴィスのような関係は現在も多く見られます。日本の芸能界もそうだし、K-POPの世界にも通じるものがあると思います」とラーマンは語る。大佐にとってエルヴィスは金のなる木だった。ブレイク以前のプレスリーがバンドとともにステージに立ち、歌い始めると、客席の若い女性たちは興奮状態となった。そのさまを目の当たりにした大佐は、これはビジネスになると考えたのだ。「ショーとビジネス、双方がうまくかみ合っていれば、アーティストとマネージャーの関係もうまくいっています。しかしビジネスの側面が強くなると、アーティストは弱くならざるをえない。アーティストは繊細さや脆さを持っているけれど、良いマネージャーはアーティストを守る。良くないマネージャーはアーティストを支配して、マネージャーがいなければなにもできないと思い込ませる。それが大佐でした」。

悪徳マネージャーを演じたトム・ハンクス
悪徳マネージャーを演じたトム・ハンクス[c]EVERETT/AFLO

2度のアカデミー賞に輝く名優にして、長年にわたり観客に愛されてきた人気者トム・ハンクスがこの大佐を演じたのは、ちょっとした驚きだ。ラーマンも、ハンクスがこの役を受けてくれるとは思ってなかったようだ。「なにしろ大佐は好意的に見ることが難しい、毒のあるキャラクターです。無理だろうと思いつつ、トムにこの映画の話を20分ほどしてみたら、“ぜひこの役をやらせてほしい。すぐにでも、この悪役をやりたい”と言ってくれたんです。よくよく話を聞いてみると、トム自身も大佐のような悪徳マネージャーと仕事をしていた時期があり、このような状況が理解できたからだそうでした」。

本作はトム・パーカー大佐の視点からエルヴィスの人生が描かれる
本作はトム・パーカー大佐の視点からエルヴィスの人生が描かれる[c]EVERETT/AFLO


人間ドラマの一方で、『エルヴィス』は音楽映画でもある。エルヴィスのステージを再現することは、ラーマンにとって特別な体験となったという。「私のスタッフの多くは30年間、変わらず私と一緒に仕事をしてくれています。ドリー撮影の担当者もそうですが、普段は口数の少ない彼も、エルヴィスのラスベガス公演を撮影した時は本当にシュールな体験だったと語っていました。『スター・ウォーズ』シリーズや『マトリックス』シリーズの現場も体験していて、多くの場数を踏んだ人が、『こんな現場は見たことがない』と話していました。ドリーを押す仕事をしていながら、自分もエルヴィスのコンサートにいると錯覚したんだそうです。それほどまでにシュールな体験だったのでしょう。でも撮影中、そういう局面はほかにもいくつかありました。 “監獄ロック”などをエルヴィスが演奏する場面では、観客役のエキストラが盛り上がりすぎてしまい、「もう少し抑えて」とリクエストしなければいけないほどでした」。

当時の熱狂が伝わる、きらびやかなライブシーン
当時の熱狂が伝わる、きらびやかなライブシーン[c]EVERETT/AFLO

『エルヴィス』は大きな音と大きなスクリーンで味わうべき映画だ。つまり映画館で観てこそ、なのだが、ラーマンはそれについてこう付け加える。「私は演劇的な映画を作っていると思います。それはすなわち、演劇と同じく、劇場で観てほしい映画です。パンデミックのおかけで、スマホで配信映画を観るのが一般化してしまいました。でも、ステイホームを余儀なくされた多くの人々は、いままさに外に出ることを欲しています。映画はもちろん、ロックコンサートや演劇にしても、多くの人々はみんなと同じ体験を共有したいと思っています。そのための装置として“劇場”がある。『エルヴィス』はコンサートに足を運んだような感覚になれる映画だと思います」。

オースティン・バトラーの圧巻のパフォーマンスをぜひスクリーンで
オースティン・バトラーの圧巻のパフォーマンスをぜひスクリーンで[c]EVERETT/AFLO

実話に基づく重みのあるドラマに、熱狂的なロックパフォーマンスが結びつき、観客を熱狂へと巻き込む。そういう意味では、『ボヘミアン・ラブソディ』以来の傑作と言える『エルヴィス』。ラーマン監督の渾身の演出を味わいながら、楽しんでほしい。

取材・文/相馬学

作品情報へ

関連作品

  • エルヴィス

    4.0
    1659
    ソロアーティスト、エルヴィス・プレスリーとマネージャー、トム・パーカーの物語
    Prime Video U-NEXT