ザック・エフロン×ラッセル・クロウ『史上最高のカンパイ!』、『グリーンブック』監督が”境遇の異なる男の友情”ふたたび描く
2018年のトロント国際映画祭で上映された『グリーンブック』は、トロントの目の肥えた観客の熱烈な支持を得て観客賞を受賞。そして、翌年の第91回アカデミー賞で作品賞、脚本賞、助演男優賞(マハーシャラ・アリ)の三冠を受賞している。それから4年、同じトロントの劇場でピーター・ファレリー監督の受賞後初となる最新映画がプレミア上映された。
Apple TV+で9月30日より配信開始となった『史上最高のカンパイ!~戦地にビールを届けた男~』は、1967年のベトナム戦争下に実際にあった話がもとになっている。ニューヨークの地元のバーで、バーテンダーのドク(ビル・マーレイ)や仲間と過ごしていたジョン“チック”ドナヒュー(ザック・エフロン)は、言葉のあやで戦地にいる地元の仲間たちにビールを届けに行くことになる。
ダッフルバッグに缶ビールを詰め、船に乗り込みベトナムのサイゴンを目指すチック。戦地カメラマン(ラッセル・クロウ)やベトナムの友人との出会いから、チックの目に映る“戦争”はだんだんと変化していった。監督・共同脚本のピーター・ファレリーは、ちょうど『グリーンブック』がオスカーを受賞したころに、この奇特なエピソードを耳にし、興味を持ったそうだ。「数年前に友達がこのYouTubeをシェアしてくれて、このすばらしい話を聞いた瞬間に思ったんです。これぞ映画だ、と」と思い返す。
12分のドキュメンタリーには、遠い戦地で士気が下がっている仲間を勇気づけようとはるばるビールを届けに行ったドナヒュー氏と仲間たちの再会が描かれている。ベトナム戦争当時10歳だったファレリーも、「1967年ごろは、みんな戦争に賛成していました。その後、戦争についての問題が明らかになり、無意味なものだと気づいたのです」といった時代の空気を覚えているという。
ともすればフィクションとも取られかねないこの不思議な物語を牽引するのは、無鉄砲で実直な男、チックである。脚本が仕上がると、2時間の映画ほぼ出ずっぱりとなるチック役を演じられる俳優を探さなくてはならなかった。チックは、ベトナムで体験したことを受けて考え方を大きく変える。ファレリー監督は、その柔軟さを表すことができる俳優として、ザック・エフロンに白羽の矢を立て、「いまままで見たことのないような、もっと豊かで深いところを演じるザックです」と語る。ファレリー監督からのオファーと、挑戦しがいのある役にエフロンは、「まず、実話であることに驚きました。そして、脚本を読みすっかり魅了されました。勇敢で、恐れを知らず、そしてなにより仲間たちへの揺るぎない献身があるチックはまさに“ヒーロー”でした」と武者震いしたという。
そのチックに戦場の真実を教える、戦場フォトグラファーのコーツ役を演じるのはラッセル・クロウ。言わずと知れた名優だが、ファレリー監督の作品には初出演となった。「ラッセルには5回くらい出演をオファーしたけれど、いつも断られていました。ついに1本だけ引き受けてもらえることになったんです」とファレリー監督が茶化すと、「映画館で観て、いつも大爆笑していました。特に『ふたりの男とひとりの女』は僕にとって最高の映画です。そして『グリーンブック』には本当に感動しました」と、ようやく出演が叶ったことを喜ぶラッセル・クロウ。チックに影響を与えると共に、コーツも若く無鉄砲な男の行動力に態度を軟化させる。年齢差や立場の違いを超えて、2人の男が戦争の真実に向き合う姿に、観客も心を揺さぶられる。エフロンは、撮影現場での大先輩クロウの役作りに感銘を受けたそうだ。「ひたむきな役への没頭ぶりは壮絶でした。ラッセルにとってカメラは小道具ではなく、文字通りずっと報道写真を撮り続けていました」と語るエフロンは、映画の中のチックさながら影響を受けたようだ。
この物語は、一人の若い青年がベトナム戦争の実際を目の当たりにすることによって、報道とはなにか、報道で伝えられていないものはなにかを知り、アメリカを二分する言論について考える。特に、ベトナムの街で出会う地元の警官で、アメリカを旅することを夢見る通称“オクラホマ”との出会いは大きな意味を持つ。オクラホマを演じたケビン・K・トランは、実際に1960年代に祖国を追われアメリカへ移民した父親からベトナムのアクセントを学び、役作りに活かしたそうで、「この映画をきっかけに、いままで聞いたことがなかった移民にいたるまでの話を聞きました。チックはアメリカを出てベトナム戦争に向かい、オクラホマはベトナムを出てアメリカの牧場に行く夢をみる。まったく違う境遇の2人ですが、即座に強いつながりを感じました」と語る。
『グリーンブック』は、境遇の異なる男たちが旅を共にすることで意識を変化させる物語だった。『史上最高のカンパイ!~戦地にビールを届けた男~』の主人公は、戦地を転々とし、兵士となった仲間たちや戦争の真実を伝えようと命を張るカメラマンとの出会い、刹那の友情を経験することによって、映画のオープニングとエンディングではまったく異なる感情を抱いている。トロント映画祭での上映前に、ファレリー監督は「この映画は、最も過酷な状況下で築かれた友情の話です。だからいま、この映画を作らなくてはいけないと思いました。戦争に対する意見で分断された国が、真実と和解によってどのように再び団結したかの物語です。今日の米国は、1967年当時と同様に分裂していますが、もし私たちが真実に光を当てれば、再び団結できると信じています。チックのように何千マイルを旅するまでもなく、私たちはこの教訓を学ぶことができるでしょう」と挨拶した。1967年にチックがベトナムで得た教訓は、2022年のいまでも色褪せることはない。「人間は変わることができる」――これは、『ジム・キャリーはMr.ダマー』(94)や『メリーに首ったけ』(98)といったコメディを通じて常に人間を描いてきたピーター・ファレリーの映画に共通するテーマだと言える。
文/平井伊都子