吉岡秀隆、白髪の原因は黒澤明&山田洋次!?黒澤組で震えた出来事も明かす

イベント

吉岡秀隆、白髪の原因は黒澤明&山田洋次!?黒澤組で震えた出来事も明かす

現在開催中の第35回東京国際映画祭で、「黒澤明の愛した映画」部門に出品された小津安二郎監督の映画『晩春(4Kデジタル修正版)』(49)のトークショーが29日、角川シネマ有楽町にて開催。吉岡秀隆が登壇し、黒澤監督や黒澤組の現場エピソードを披露した。

【写真を見る】貴重なエピソードを披露した吉岡。お茶目なピースサインに会場から「かわいい!」の声も聞こえていた
【写真を見る】貴重なエピソードを披露した吉岡。お茶目なピースサインに会場から「かわいい!」の声も聞こえていた

観客とともに本作を鑑賞し、トークショーに登壇した吉岡は「映画の余韻に浸っていたのに、なんで吉岡が出てきたんだと思っているかと(笑)」と恐縮しながら挨拶。どうしても本作を映画館のスクリーンで観たかったという吉岡は「僕も感動中です」と興奮気味の様子。続けて「笠智衆さんは何かを超越している感じがとても色っぽいし、人間的魅力を感じます。原節子さんは本当に美しく、気持ちが突き刺さってくるように感じました」と感想を伝えた。

白髪の理由は黒澤監督&山田監督にあった?!
白髪の理由は黒澤監督&山田監督にあった?!

黒澤監督の映画『八月の狂詩曲』(91)に出演した経験のある吉岡。「『北の国から'89 帰郷』、『男はつらいよ ぼくの伯父さん』をやった後、僕は19歳。一度芝居から離れようとして事務所も辞めたタイミングで、オーディションの話が来ました。受かるかどうかは別として、一度(黒澤監督を)見てみたいと思って受けに行きました」とオーディションを受けた理由を明かす。黒澤監督の第一印象を「大きい白い岩みたいだなと思って…」と話し、「同年代の役者さんがスーツを着て面接する中でうっかりGパンとTシャツで行っちゃって」と苦笑い。さらに「お腹が空いていたので、立ち食いのカレーうどんを食べてから向かったのですが、その汁がついている状態。会うなり黒澤監督にゲラゲラ笑われました」と照れた様子で語る。その後、雑談をするなかで台本をポンと渡され、「オーディションだからどこか読まなきゃいけないのかなと、パラパラめくっていたら『じゃあ、よろしくね』って言われました」と振り返った。

現場では「子どもに対しては本当に優しい方」とほっこり話すも、「スタッフに対しては、それはそれは…怖かったですね」とうなずきながら「僕は山田組、松竹で育ったので、自分で使ったものは元の位置に戻すのが当たり前でした。それを黒澤組の現場でやったら助監督が集められ、僕を挟んで『これは君たちの仕事だぞ!』と怒鳴るんです。その日は『今日は帰る!』と颯爽と帰って行かれました(笑)。その後、助監督の方に『余計なことをしたようですみませんでした』とお詫びしましたが、あのときは震えました」と思い出を語った。


やわらかな佇まいに癒される
やわらかな佇まいに癒される

『八月の狂詩曲』の撮影初日には、山田監督も現場に来たそう。「黒澤監督のディレクターズチェアの横にもうひとつ(ディレクターズチェア)が置いてあって。しばらくしたら、山田監督がいらっしゃって。黒澤監督と山田監督が僕のお芝居を見る。多分、僕、その時一度死んでいるかもしれません」と特別な経験に触れ「その時の写真が残っているのですが、二人に挟まれた僕の顔は真っ白でした。能面のようで…」と笑わせ、白髪の頭をなでながら「あの時の影響かも」と笑わせる場面もあった。

黒澤監督、山田監督の演出については「まったく違います」とキッパリ。「黒澤組は毎日毎日リハーサルをし、現場は1回でOKが出ることも。山田組はリハがなくてテストを何度もやります。セリフがうまく言えなかったら変えることもあるし、その場で作っていく感じです」と違いを解説。異なる現場の空気に戸惑いはなかったそうだが「黒澤組は役者をとても大事にしてくれる」とコメント。「別に山田組が雑という訳ではないのですが(笑)、山田組ではおいちゃん、前田吟さん、タコ社長と僕で四畳半ひとつ。居場所がないから、荷物だけ置かせてもらってどこかに行くという…。でも、黒澤組は僕にキャンピングカー1台が付いているんです。冷蔵庫を開けたら僕の好きな飲み物が入っているし、撮影終了後には僕の担当さんがやって来て、『今日、何か不都合なことはありませんでしたか?』『明日もよろしくお願いいたします』と声をかけてくれるんです。山田組は僕がいることを忘れて(みんなが)帰ってしまうことが1度や2度じゃなくて。警備員さんから『みんな帰っちゃったよ』って言われることもしょっちゅうでした」と、うれしそうに話した。

映画の興奮が冷めないままのトークショーだとコメント
映画の興奮が冷めないままのトークショーだとコメント

「『八月の狂詩曲』がなかったら、いま、役者はやっていないと思います」と語った吉岡。長崎ロケで自身の出演シーン撮影後に黒澤監督から「ロケが終わるまでいなさい。吉岡が帰ると子どもたちのバランスが崩れるから最後までいなさい」と言われ、スタッフのお手伝いをしたという。それまでは自分の芝居のことで精一杯だったが、役者としてではなくスタッフとして映画作りの現場を見ることができたおかげで、芝居以外のこともたくさん学ばせてもらったと感謝していた。また、撮影中には黒澤監督がリチャード・ギア演じるクラーク役をギア不在時にやってくれることもあったそうで、「黒澤監督のほうがお上手でした」と黒澤監督の演技力についても触れていた。

肩をすくめる場面も
肩をすくめる場面も

トークが苦手というわりには話が面白いとMCから大絶賛され、会場は大きな拍手に包まれる。照れた様子の吉岡は黒澤監督の一番の思い出を「お正月に(自宅に)呼んでもらえること」とし、「21、22、23歳の頃かな。お酒を飲んで酔った時に黒澤監督から『山田組とはやっぱり違うのか?』と訊かれて、(アルコールも手伝って)だんだん悪態をついてしまったところに『お邪魔します〜』と聞き慣れた声がして…。山田監督がいらっしゃって、黒澤監督もスタッフの方も大笑い。僕の2度目の死でした」と苦笑いしながら、再び自身の頭をなで「それで頭がこんな風になったんだと思います」と話し、笑いの絶えないトークを締めくくった。

取材・文/タナカシノブ

作品情報へ

関連作品