ドキュメンタリー映画『ファイアー・オブ・ラブ』が描きだす、学者夫婦と火山の“三角関係”

コラム

ドキュメンタリー映画『ファイアー・オブ・ラブ』が描きだす、学者夫婦と火山の“三角関係”

1991年6月3日、長崎県の雲仙普賢岳の火砕流に巻き込まれ亡くなった多くの犠牲者のなかに、フランスの火山学者のクラフト夫妻もいた。夫妻が残した調査映像を用いたドキュメンタリー映画『ファイアー・オブ・ラブ 火山に人生を捧げた夫婦』が、ディズニープラスで配信中だ。真っ赤に燃える溶岩の映像に、ミランダ・ジュライによるナレーションとAirの音楽が重ねられたドキュメンタリーは、自然の脅威を映すと共に、クラフト夫妻の愛の軌跡でもある。今年1月のサンダンス映画祭でプレミア上映されると大きな話題となり、ナショナル・ジオグラフィックが配信権を獲得。北米での劇場公開は、『パラサイト 半地下の家族』(19)でアカデミー賞作品賞を受賞したNeonが手掛け、アカデミー賞長編ドキュメンタリー部門の候補入りも期待されている。

セーラ・ドーサ監督は、前作『The Seer and the Unseen』(19)の冒頭で、アイスランドの自然の象徴として火山の映像を使いたいと調査している際に、カティアとモーリスのクラフト夫妻について知った。調査を進めるうちにすっかり魅せられてしまい、クラフト夫妻と火山の“三角関係”を映画にしたいと思うようになったと言う。

「最初はもちろん、彼らが遺した火山の映像に圧倒されました。でも夫妻の人柄と生涯をリサーチするなかで、彼らの物語に惹かれていきました。モーリスの著書に、『私にとって、カティアと火山は愛の物語だ』という一文があります。火山の介在なくして、2人の関係は完成しなかった。それを読んで、カティアとモーリス、そして火山の三角関係を中心にしたドキュメンタリーを作りたいと思ったのです。私は映画作家として、人間がどのように自然界を理解するのか、そして人間と風景が織りなす、不可解で魅惑的な関係に限りなく惹かれるのです」。

本作を手掛けたサラ・ドーサ監督は、クラフト夫妻の残した映像に魅せられたと語る
本作を手掛けたサラ・ドーサ監督は、クラフト夫妻の残した映像に魅せられたと語る[c]Courtesy of Sundance Film Festival

クラフト夫妻が遺した研究資料は、遺族が委託したフランスの機関が管理している。パンデミックで誰もが自宅に籠っていた間、ドーサ監督はラップトップの中で70年代の火山を巡る世界旅行をしていた。アイスランド、インドネシア、ザイール、コンゴ、日本……クラフト夫妻が調査した火山は世界180か国以上にものぼる。火山の調査映像は80年代、90年代に夫妻が作ったドキュメンタリーに使用されていたが、16ミリカメラで撮られた映像の多くは30年以上も日の目を見ることがなく、この映画のために初めてデジタルリマスターされたのだそうだ。これらの映像をもとに、火山と1組のカップルによる愛の三角関係の物語に仕上げた。自然ドキュメンタリー作家ではなく映像作家のドーサ監督の視点が光る。

「クラフト夫妻が青春時代を過ごした70年代のフランスでは、ヌーヴェルヴァーグが文化の中心をなしていました。それが彼らの映像作品に如実に表れているのがわかります。キャメラのズームや照明の方法、フランソワ・トリュフォーを彷彿とさせるようなナレーションにも遊び心が溢れています。ヌーヴェルヴァーグが強調していた、愛の三角関係と実存主義は、私たちのドキュメンタリーにとっても大きな指針となりました」

フランスの火山学者、カティア&モーリス・クラフト夫妻。1991年に起こった雲仙普賢岳の火砕流に巻き込まれて亡くなっている
フランスの火山学者、カティア&モーリス・クラフト夫妻。1991年に起こった雲仙普賢岳の火砕流に巻き込まれて亡くなっている[c]Courtesy of Sundance Film Festival

ナレーションは、作家で映画監督のミランダ・ジュライが務めている。「ドキュメンタリーにおけるナレーションには、自分達の芸術的解釈を反映させがちです。ですが、クラフト夫妻が遺した20冊の著書の多くは一人称で、とても愉快な筆致で描かれています。彼らを魅惑する火山へ宛てた詩もあります。映像には使っていませんが、夫妻をよく知る家族や同僚など15人ほどの人々にインタビューし、より深く理解したうえでナレーションを書きました。そういったニュアンスは伝記などの記録には残らないものですが、カップルとしての夫妻のダイナミズムを表したかったのです。また、自然ドキュメンタリーによくある、“神の声”系のナレーションにはしたくありませんでした。ナレーターには好奇心旺盛で、私たちが映画制作のプロセスを進めるなかで遭遇する疑問に対しても興味を持ってくれる存在であってほしかった。最初はフランス人のナレーターを考えていましたが、プロデューサーの1人がミランダ・ジュライの名前を挙げて、『それだ!』と思いました。彼女の作品も、実存主義や、愛や人間関係のもろさをテーマにしていて、なによりミランダは好奇心旺盛です」。

ドーサ監督は、クラフト夫妻が遺した軌跡から、研究者の本能と愛するものに没入する幸福を感じ取ったと言う。残念ながら夫妻は命を落としたが、彼らの研究は永遠のものとなり、後進に引き継がれていく。その連鎖は自然の摂理と一致すると考える。


『ファイアー・オブ・ラブ 火山に人生を捧げた夫婦』はディズニープラスで配信中
『ファイアー・オブ・ラブ 火山に人生を捧げた夫婦』はディズニープラスで配信中[c] 2022 National Geographic Partners, LLC.ディズニープラスで11月11日より独占配信

「子どもの頃、火山は畏怖の対象でした。でもこの映画を作り、クラフト夫妻の想像力を通して火山の凄まじい威力に触れたら、私たちが住む地球にはこんな見え方もあるんだ、と気づきました。そして、火山に大きな魅力を見出し、無限のインスピレーションを受けるようになりました。それがきっかけで、私は様々なことを探求するようになりました。人間と自然との関係、自然の感覚、創造、破壊、愛、生命、そして人生の意味。愛するものに近づくと、より理解が深まります。それが意味のある人生を生きることで、究極的には、意味のある死につながると思います。カティアとモーリスは、彼らの人生と死を通してそれを証明しました。これは環境映画ではありませんが、人々が自然の威力について深く知ることで、クラフト夫妻のようにこの地球の自然に興味を持ってくれるといいなと思います」。

取材・文/平井伊都子

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