異色の”食通”映画『ザ・メニュー』監督にインタビュー。「僕のモットーは、どんなものに関しても“極上”を手に入れることなんですよ」
現在公開中の『ザ・メニュー』のマーク・マイロッド監督は、現在シーズン3まで配信中の「メディア王」「ゲーム・オブ・スローンズ」(ともにHBO/U-NEXT)の演出で名を馳せたが、サーシャ・バロン・コーエン主演の映画『アリ・G』(02)や『ビッグホワイト』(05、日本未公開)、『運命の元カレ』(11)などのコメディ作品の監督を務めてきた。MOVIE WALKER PRESSは、現在「メディア王」シーズン4の撮影でイギリスに滞在しているマイロッド監督と独占ヴァーチャルインタビューを行い、密室劇のサイコスリラー演出のこだわりから、印象に残ったレストランなどの話を聞いた。
「限られた空間の中で緊張感を生みだすために、『ミザリー』や『パラサイト 半地下の家族』などからヒントを得ました」
――『運命の元カレ』以来、おもにドラマシリーズの監督をされていましたが、『ザ・メニュー』で久々に映画監督を務め、この10年間で映画業界に訪れた変化は感じられましたか?
マーク・マイロッド「まず、僕の個人的な見解から言うと、いまのテレビシリーズ製作は目指すところやナラティブのトーンが複雑化し、より野心的になっていると感じます。『ザ・ソプラノズ 哀愁のマフィア』(99〜07)は約20年前の作品だし、それ以前にもすばらしいシリーズは存在していたので、少し“そもそも論”のような物言いになってしまいますが。しかし、『ロード・オブ・ザ・リング:力の指輪』(Prime Video)を頂点に、現在のテレビシリーズは拡大化し、さらなる未来を探求する意欲が感じられます。テレビシリーズに対する欲求が肥大する一方で、映画は二極化が進んでいるのではないでしょうか。今日、その中間にあったような映画を見つけるのが難しくなっていますよね。そういった作品はテレビシリーズに移行していってしまったのだと思うのですが。
僕のテレビシリーズでの経験は、一緒に仕事をする機会に恵まれてきた脚本家たちによるものが大きく、それが僕の利点にもなっています。そして幸いなことに、中間に位置する映画が欠けているからこそ、十分に映画的な表現ができれば『ザ・メニュー』が入り込む場所があると考えました。人々が映画館に足を運び、この映画を鑑賞する素敵な体験をしていただけたら光栄です」
――確かに「ゲーム・オブ・スローンズ」などは映画以上に広大な物語でしたが、『ザ・メニュー』は「メディア王」よりも狭い人間関係による密室劇です。どんな映画的表現を持ち込まれたのでしょうか。
マイロッド「その2本のドラマシリーズについて、僕は本当に誇りに思っているので、ドラマが好きだった方々にも楽しんでもらえるといいのだけど。『ザ・メニュー』では、一つの空間を舞台にすることが映画的な表現になると考えました。『ミザリー』やポン・ジュノ監督の『パラサイト 半地下の家族』から多くのヒントを得て、限られた空間の中で緊張感やパワーバランスを生みだすために、空間を武器にする方法について学びました」
――映画の中で、レストランを訪れた客に対しシェフ・スローヴィクが料理の提供方法をコントロールするように、演劇も一度会場に入った観客は、演出家の思うままにコントロールされる運命にあります。この映画では、映画館で座席についた観客をどのようにコントロールしようと思われましたか?
マイロッド「どうやって演出で観客をコントロールするか…。そうですね、撮影方法から演技のトーン、編集のテンポまで、映画を構成するすべての方法を自分のペースで動かしたいと考えました。コリン・ステットソンと共に音楽を構成し、ミシュランで星を取っているスターシェフのドミニク・クレンにメニューをデザインしてもらいました。シェフ・スローヴィクがレストランの客をもてなすように、今宵の体験を完璧に築き上げようと思いました。監督として、『もしもスローヴィクがこの映画を演出するとしたら?』と考え、彼とチャネリングしていたとも言えます。
それによって“食テロ”という言葉に代表されるように、SNS上の料理写真を偏愛する人々のことや、厨房の労働倫理や秩序の重要性などを学びました。スローヴィクは、あのオペラのようなエンディングに向けて料理配膳のペースを計算し、客をのせていきます。それは僕が物語のペースを計算し、エンディングまで観客をのせていくのと同じことでした。トロント国際映画祭でこの映画をプレミア上映した際に、初めて大勢の観客と一緒に映画を観ることができて、観客が映画にのって反応してくれているのを見て大きな幸福感に包まれました。映画がこの世に存在していることに、ただただ幸せを感じました」