”演技ドル”から”唯一無二の俳優”へ。『非常宣言』イム・シワン、ヴィラン抜擢は「役者として祝福」
イム・シワンは演技の上手さだけではとどまらず、どこまでも興味の尽きない俳優だ。貴公子を思わせる気品ある顔立ちはラブストーリーを甘く盛り上げ、年を重ねても変わらず漂うあどけなさは青春ドラマやコメディでも映える。幾重もの表情は千変万化で、一体どれが本当の彼なのか分からないほどだ。
そんなイム・シワンが、今度は悪役で魅力を乱反射させる。韓国で初めて航空災害を扱ったハン・ジェリム監督の『非常宣言』(1月6日公開)は、機内を舞台にした未曾有のバイオテロに巻き込まれた乗客やパイロットたち、その家族による勇気の物語だ。イム・シワンは事件の発端となるテロリスト、リュ・ジンソクを演じる。行く先を決めず多くの客が乗る便を選んだ彼は、殺傷能力の高いウイルスを散布し、「僕はこの飛行機の乗客に全員死んでほしい」と挑発的に言い放つ。こうしたソシオパス(反社会性パーソナリティ障害)と呼ばれる人物は映画によく登場するが、冷静さと激情のバランスが絶妙で、既存のクリシェを巧妙に打破している。まさに、イム・シワンにしか作り上げられないキャラクターだ。
イム・シワンの演技術「私が演じるための理由を常に考える」
イム・シワンは「どんな作品でも存在感の大きい悪役にオファーされたことは、役者として祝福」と、ヴィランに抜擢された喜びを語る。参考にとアドバイスされたのは、2017年にラスベガスで起きた銃乱射事件だった。 音楽フェスの客が狙われ500人以上の負傷者を出し、60人が死亡したこの事件では、犯人が自殺してしまい、犯行の背景について関係者からも手がかりが得られなかった。この事件を知ったイム・シワンも、動機も無くこれほど残酷な事件が起きたという事実に大きな衝撃を受けたそうだ。リュ・ジンソクの屈折は共感しがたく、役作りは容易くなかったはずだ。あるインタビューでイム・シワンは「演技をするとき、常に“これは必ず起こるべきことなのかどうか”を探る」と答えているが、それは本作でも同様だった。
「映画の中で、リュ・ジンソクの持つ背景は特別語られません。であれば、私が最初から最後まで彼のストーリーを作ってしまえばいいので、貧弱な人物像をつけるよりは、最初から無い方が明確かもしれないと思いました。誰かを説得させる必要もなく、私が演技するための理由さえあればいいので楽だと思いました。リュ·ジンソクがどんな被害者意識を抱え、心の中で増幅させたのかを考えながらイメージを膨らませてみたのです」。
韓国公開時も絶賛!イム・シワン唯一無二の眼差しの表現力
俳優イム・シワンの本領は、眼差しの表現力にあるのではないだろうか。黒目がちの大きな瞳はもちろん彼のチャームポイントの一つだが、役者としても大きな強みになっている。本格的なスクリーンデビュー作『弁護人』(13)では、暴力的な国家権力に自由と尊厳を奪われる青年の純粋さと無念を瞳に宿したかと思えば、『名もなき野良犬の輪舞』(17)では復讐のために愛する人を手にかけるアウトローの虚無を悲哀と共に見せた。そして『非常宣言』では、リュ・ジンソクというつかみ所の無い男の広く深い心の闇を語り、韓国の公開時も絶賛された。
「“こういった目つきを作らなければ”と思って役に臨んだことはありません。もし『非常宣言』での目つきが普段と違って見えたとすれば、それは私の努力ではなく、照明の力によるのではないかと思います。今回、ハン・ジェリム監督が驚くべき試みをなさっていて、リハーサルの私の姿をそのまま作品で使われたんです。 演技が良かったからだそうですが、リハーサルなので照明が本番とは違い、暗く沈んだようなシーンになりました。 そのため、目の印象がいつもの私とは違って見えるよう後押ししてくれたのではないでしょうか」。