映画製作禁止、度重なる検閲…権力に挑み続けるロウ・イエ監督が語る、中国社会の縮図と “表現”することへの情熱
「ドキュメンタリータッチに撮りましたが、実は美術的な工夫がいろいろなされています」
本作には12億円の製作費が投じられており、ド迫力の暴動シーンに息をのむ。手持ちカメラを巧みに使った臨場感にあふれた映像は、あたかもゲリラ撮影をしたような生々しさが感じられるが、撮影においてはしっかりと許可を得て、大勢のエキストラを配した大規模なロケが敢行されたそうだ。
「洗村は社会的に敏感な立場にある村で、周囲には警察もいるから、許可なしでの撮影は難しかったし、非常に短い撮影時間しかもらえなかったです。だから、暴動シーンだけは、洗村ではなくそこによく似た別の村で撮影しました。ドキュメンタリータッチに撮りましたが、実は美術的な工夫がいろいろなされています。瓦礫や石ころ、鉄筋の破片などに至るまで美術スタッフに小道具を作ってもらい、誰もケガをしないようにと、すべて作り物で撮影をしました。全方位的に撮影したかったので、美術においては300人以上のスタッフを投入して作り込みを行いましたが、撮影は大変難しかったです」。
「芝居は生ものである」ということにこだわるロウ・イエ監督、俳優たちに細かい演出をつけず、リアルなシチュエーションを用意することで、そこで生まれた即興的な演技を切り取ることに注力するのだという。「例えばタン役のチャン・ソンウェンには、新鮮なリアクションができるようにと、本番まで暴動の撮影現場を見せませんでした。劇中と同じく、車の中で待機してもらい、カメラが回って初めて現場に入り、大変な事態を目の当たりにするという流れです。僕は常に、役者が演じやすいように、いろんな手を打っておきます。もちろん、撮影前には役者とは役について綿密に詰めますが、僕が求めているのは、感覚を使ったリアルな表現なのです。もちろん何テイクもかけて撮る場合もありますけどね」。
チャン・ソンウェンといえば、ロウ・イエ組の常連俳優だが、ここまでの重要な役どころを務めるのは初めてのことだったとか。「彼とは何作も組んでいますが、『どんな端役でもいいですよ。ぜひ出演させてください』と毎回言ってくれます。今回オファーした際もすぐにOKをしてくれたのですが、彼は脚本を読んだ時に大きい役だと知って驚いたそうです。彼はそのあとすぐ市役所に行って、そこの雰囲気を勉強しにいってくれました」。
「この映画が語っている真実を見つけ出してほしい」
本作がクランクインしたのは2016年、完成したのは2017年春である。ところが北京市の映画関係部署による審査によって、2年間、繰り返し修正が行われた。中国本土で公開されたのは2019年4月だが、公開後3日間で約6.5億円の興行収入を記録する大ヒットとなりながら、なぜか公開4日目から公開館数と上映回数が急減したのは、なんとも腑に落ちない。その一方で、2019年2月には第69回ベルリン国際映画祭パノラマ部門で上映されるなど、世界的には高い評価を受けてきた。もちろん上映されたのは今回の“完全版”ではない。
個人的に“完全版”では、検閲によりカットされていた香港の人気俳優エディソン・チャン(探偵アレックス役)のシーンが復活したことは、大いに喜ばしいと思った。でも、2017年の映画完成から日本公開に至るまで約5年というのは、さすがに時間がかかりすぎている。
当局の厳しい検閲についてロウ・イエ監督は、「やはり実際に起きた事件、しかも政府の汚職関係という構造を描いているので、非常に敏感になったんだと思います」と言いつつ、「でも、こういう事件は、改革開放以降、今日の中国に至るまでよくあったこと。僕自身はそういう社会で人々がどう生きてきたかを描きたいし、あくまでも映画にしか過ぎないので、そこまで抑えつけることはないとも思っています」と述懐する。
「映画監督として、自分がどういう意見を持ち、どういう態度でそのことを表明していくべきかと、常に考えています」と語るロウ・イエ監督。「映画として、どういう物語や事件を語り、それを観客のみなさんにどう提示できるかということが重要で、そこはひるむことなく突き詰めていきたい。また、実際に僕の映画を観てくれた方が、それをどう捉えてくださるか?この映画は一体、なにを語っているのかと、真実を見つけ出してほしいです」。
才能に加え、気骨も兼ね備えたロウ・イエ監督には、今後も権力に屈することなく、情熱の赴くままに、映画を作り続けていってほしいと心から願う。また、本作の過酷な撮影現場や、検閲との闘いを、ロウ・イエ監督の妻で共同脚本家でもあるマー・インリー監督が記録したメイキングフィルム『夢の裏側』(公開中)も、あわせてご覧いただきたい。
取材・文/山崎伸子
※洗村の「洗」は正確には「さんずい」ではなく「にすい」です