ゴダール、Jホラー、神代辰巳…『日の丸〜寺山修司40年目の挑発〜』で佐井監督が肉薄する、“ドキュメンタリーのようなフィクション”

インタビュー

ゴダール、Jホラー、神代辰巳…『日の丸〜寺山修司40年目の挑発〜』で佐井監督が肉薄する、“ドキュメンタリーのようなフィクション”

「普段はドラマ制作部でフィクションを扱っている自分がドキュメンタリーを作る意義だと思っている」

──ちなみに、“寺山修司40年目の挑発”とサブタイトルにありますが、ある意味、佐井監督も寺山に挑んでいる部分もある気がしているんです。

「そうですね…。大それたことをしているなというプレッシャーもありましたけど、逆に無名の若手だからこそ、寺山修司という巨人に挑むことができたと思ってもいるんです。これが仮に10年、20年のキャリアがあったとしたら、寺山修司の手法を取り入れて同じ題材のドキュメンタリーを撮ろうとは、恐ろしくてできなかったかもしれない。若くて青くさいからこそ、異なる転がし方ができたのかな、と。社会的に成熟した立場ではなかったからこそ挑めたし、いまの自分だからこそ許されていることなんだというのは、自覚しているんです。プレッシャーという点では、2作目の『カリスマ〜国葬・拳銃・宗教〜』のほうが大きいかもしれませんね」

街ゆく人に挑発的なインタビューを投げかけるスタイルを踏襲
街ゆく人に挑発的なインタビューを投げかけるスタイルを踏襲[c]TBSテレビ


──その『カリスマ〜国葬・拳銃・宗教〜』をはじめとした意欲的なドキュメンタリーを展開する「TBS DOCS」が、ある一つの潮流を作ろうとしているようにも映ります。佐井監督はどう認識されているのでしょうか?

「作り手からすると、TBSの豊富なライブラリーから報道素材や資料映像を使えることが、ものすごく大きなリーチなんです。たくさんのアーカイブがあって、なおかつリアルタイムで取材ができるので、過去と現在両方からアプローチできるのも利点だと思っていて。ただ、その豊富な素材をどう扱うかが勝負だと感じてもいるんですね。僕は記者じゃないので、なにか一つの事実を探求していくというアプローチでは勝てないし、そもそも自分に求められていることでもないと自覚していて。過去の事象や映像がなにを物語っているのかを、寺山が言うところのポエティックなカタチで社会と対峙しつつ、過去と現在と未来を通した1本の軸のもと、点と点を結んでいくように事象を整理するのが、自分のスタイルなのかなと捉えているんです。それは『TBS DOCS』の環境だからこそできることですし、普段はドラマ制作部でフィクションを扱っている自分がドキュメンタリーを作る意義だと思っているので、撮り続けたいし、フィクションとドキュメンタリーの間を行き来できるからこそ、“ドキュメンタリーのようなフィクション”にも限りなく肉薄できる、と言いますか。それが『TBS DOCS』の中での自分の立ち位置であり、『日の丸〜』や『カリスマ〜』のような作品を世に出せるのも『TBS DOCS』ならではなので、ブランドの確立にひと役買えたらいいなとも思っています」

──ちなみに、佐井監督が影響を受けたドキュメンタリストを挙げるとすると、どなたになるのでしょうか?

「『日の丸〜』では、ジャン=リュック・ゴダールや森達也さんの演出手法を意識的に取り入れました。森さんで言うと、『放送禁止歌』というドキュメンタリーの最後で、ロッカールームの鏡にカメラを向けて『規制しているのは、お前だ』と言わせて、カメラの向こうにいる人間を当事者として引っ張り出そうとするスタンスを参考にしていて。また、自分でナレーションをしているのも、ドキュメンタリーは主観的なものなんだと示していたりもします。それと、タブーなものを扱った…少し殺伐とした演出と言いますか、どこか不気味さを感じさせるところは、黒沢清監督や高橋洋さんといった1990年代のJホラーのニュアンスですね。特に『日の丸〜』は、まず深夜にテレビで放送することが決まっていたので、『真夜中に怪電波を流す』みたいなテーマも僕の中にはあったんです。自分が初めて1967年版『日の丸』を観た時に感じた、異常なフィルム感…というと語弊があるかもしれませんが、深夜1時ぐらいにTBSの『解放区』でドキュメンタリーを観ようと思ったら、『呪いのビデオ』が流れてきたような感じを出したいな、と(笑)。それもあって、“カラーバー(試験電波用に複数の色を組み合わせた画面)”を積極的に使ったり、いわゆる“ピー音”を敢えて入れて、『見ちゃいけないものを見ている』居心地の悪さや怖さを意識した作りにしました。

【写真を見る】「日の丸の赤はなにを意味していますか?」センシティブな題材に挑んだ『日の丸~寺山修司40年目の挑発~』
【写真を見る】「日の丸の赤はなにを意味していますか?」センシティブな題材に挑んだ『日の丸~寺山修司40年目の挑発~』[c]TBSテレビ

さらに言うと、予想外のことが連続して起こる事象を映像におさめて見せていこうとする部分では、神代辰巳の影響も受けているのかなと思います。カメラマンの姫田真佐久とのコンビによる、ワンカット長回しで一連の動きをずっと追いかけていく…セリフの応酬ではなく肉体的なコミュニケーションや感情的なぶつかり合いを撮っていく、ある種のドキュメンタリー的な手法なんですけど、『日の丸〜』の中で自転車がスーッと手前に向けて走ってくる画に軍歌をのせているカットは、僕としては神代辰巳のつもりで編集していて(笑)」

――ドキュメンタリストに留まらず、好きな映画作品や監督のトーンをふんだんに取り入れているんですね。

「ちなみに、ところどころイラストを挿入するのはジャン=リュック・ゴダールの『ワン・プラス・ワン』へのオマージュで、原色が強めの色味は『中国女』を意識していたりもします。それと、チャプターの出し方は長久允監督の『そうして私たちはプールに人魚を、』という、第33回サンダンス映画祭でショートフィルムのグランプリ受賞作品から引用しました。

アニメーションも独特なタッチ
アニメーションも独特なタッチ[c]TBSテレビ

ゴダールがローリング・ストーンズの「悪魔を憐れむ歌」のレコーディングを撮り続けた『ワン・プラス・ワン』(68)
ゴダールがローリング・ストーンズの「悪魔を憐れむ歌」のレコーディングを撮り続けた『ワン・プラス・ワン』(68)[c]Everett Collection/AFLO

あと細かいところで、途中で『日の丸』の演出論にジャンルチェンジするのは、タランティーノとロバート・ロドリゲスの『フロム・ダスク・ティル・ドーン』やモンテ・ヘルマンの『魔の谷』の構造をなぞっていて。神代辰巳監督の映画も軟体動物的と評論されますけど、構造を一度解体した時に出てくるエモーションみたいなものを捉えたかったのもあります。その最たるものがヌーベルヴァーグですけど、『日の丸〜』はドキュメンタリーを隠れ蓑にして、それを実践したと自分では捉えていたりもするんですよね」

クエンティン・タランティーノが脚本を執筆し、ロバート・ロドリゲスが監督を務めた『フロム・ダスク・ティル・ドーン』(96)
クエンティン・タランティーノが脚本を執筆し、ロバート・ロドリゲスが監督を務めた『フロム・ダスク・ティル・ドーン』(96)[c]Everett Collection/AFLO

取材・文/平田真人

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