笑える?笑えない…?人間の本音を抉りだす『逆転のトライアングル』でのヒエラルキーの崩壊

コラム

笑える?笑えない…?人間の本音を抉りだす『逆転のトライアングル』でのヒエラルキーの崩壊

理想とする“男らしさ”を誇示できないカールの悲しさ

海に潜って魚介類を獲って捌いて料理する唯一の食料提供者となったアビゲイルは、懲りずに金をチラつかせる乗客たちをピラミッドの頂点から冷徹に見下ろす。但し、カールには特別待遇を与えた。島に漂着した救命ボートを特権として独占するアビゲイルは、ボートの中にカールを夜な夜な笛で呼び寄せ、食料とセックスの交換を強要する。

サバイバル能力に長け、無人島におけるヒエラルキーの頂点に立った清掃婦のアビゲイル(『逆転のトライアングル』)
サバイバル能力に長け、無人島におけるヒエラルキーの頂点に立った清掃婦のアビゲイル(『逆転のトライアングル』)Fredrik Wenzel [c] Plattform Produktion

ここでカールが食うしっぺ返しはより複雑だ。モデルとして屈辱的な扱いを受けてきた彼は、無人島で若さと美しさを正当に評価されるが、それは自分が理想としていた男らしさに対してではなく、愛玩物へのお駄賃に近いものだからだ。逆に、モデルまたは女性としての強みが効力を失ったヤヤとカールの間に生じる逆転劇も、居心地の悪い笑いを誘う。

【写真を見る】まるで陳列された商品のように並べられ、その価値を吟味される男性モデルたち(『逆転のトライアングル』)
【写真を見る】まるで陳列された商品のように並べられ、その価値を吟味される男性モデルたち(『逆転のトライアングル』)Fredrik Wenzel [c] Plattform Produktion

映画を通して試される観客それぞれのサディスティックな悦び…


どうやらタックスヘイヴン(租税回避地)に向かっていたと思しきクルーザーの船内で繰り広げられるカオスを日々眺めてきたキャプテンが、いつも酒浸りで部屋から出たがらないのは無理もない。そう考えると、酔いどれ船長は登場人物のなかでただ一人まともな人間なのかもしれない。ここにワンポイントでシネフィル好感度が高いハリウッドスター、ウディ・ハレルソンを持ってきたキャスティングが実に絶妙だ。

アルコール依存症で仕事も放棄しがちな船長をウディ・ハレルソンが皮肉たっぷりに演じる(『逆転のトライアングル』)
アルコール依存症で仕事も放棄しがちな船長をウディ・ハレルソンが皮肉たっぷりに演じる(『逆転のトライアングル』)Fredrik Wenzel [c] Plattform Produktion

ラストで待ち受けるさらなる逆転劇まで、笑うに笑えない人間の本音を抉りだすオストルンド渾身の最新作はいっそう悪趣味で魅力的だ。人は皆自分の恥ずかしい本音を晒したくはないが、映画を介して、つまり他者を介してそれを見せられると、人知れずサディスティックな悦びを感じてしまうもの。これはオストルンド作品ならではの世界観であり、本作がカンヌとオスカーで高く評価された最大の理由はそこにあるのかもしれない。

文/清藤秀人

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