ケイト・ブランシェットが明かす、難役へのアプローチ『TAR/ター』の役柄は「最高の体験」
ケイト・ブランシェット主演、『イン・ザ・ベッドルーム』(01)のトッド・フィールド監督作で、本年度アカデミー賞の作品賞ほか主要6部門にノミネートされた『TAR/ター』(公開中)。本作でブランシェットは、天才指揮者ゆえに狂気へと堕ちていくリディア・ター役を熱演した。その鬼気迫る怪演に至ったアプローチや、ピアノの演奏シーンにおけるメンターの存在など、舞台裏や役作りについてブランシェットが明かしている。
世界最高峰であるオーケストラの一つとされるドイツのベルリン・フィルで、女性として初めて首席指揮者に任命されたリディア・ター。天才的な能力と努力に加え、類稀なる自己プロデュース力を発揮し、作曲家としても圧倒的な地位を確立した彼女だったが、マーラーの交響曲第5番の演奏や録音のプレッシャー、新曲の創作に苦しんでいた。そんな時、かつてターが指導した若手指揮者の死をきっかけに、彼女の完璧な世界が少しずつ崩れ始める。
「権力構造について語り合えるきっかけができるのではないかと感じました」
フィールド監督にとって16年ぶりの映画となった本作だが、ブランシェットは念願だった監督とタッグを心から喜んだとか。「トッドとは10年前に出会い、ジョーン・ディディオン(『アンカーウーマン』などの脚本家)が執筆した物語を製作する話をしていたのですが、諸事情で実現しませんでした。それで今回、本作の脚本を送ってくれましたが、少しずつひも解かれていく女性の姿に引き込まれ、脚本のリズムにも魅了されました。なによりも、知的なレベルでこの物語に共感を覚えたのだと思います」。
脚本を読んだ際には「とても謎めいているうえにとても危険だと思いました」と感じたというブランシェット。「ただ、世界観があまりにも明白に描かれているから、観客に細々としたことを伝える必要はなかったです。最終的に、リディアの役柄と物語自体が、観客になにかを語りかけると思いますが、私はその呼びかけの一部になりたいと思いました。また、ジェンダーというテーマも扱っているから、より多くのテーマに触れることができます。従来の作品のように、男性中心の世界として描かれていないから、この映画が醸しだしているニュアンスを抵抗なく捉え、権力構造について語り合えるきっかけができるのではないかと感じました」。
ブランシェットは、もっと権力構造についていろいろなことを議論すべきだと声高に訴える。「手軽なソーシャルメディアだけではなく、昨今は大手新聞のニュースフィードでさえ、見出しの羅列のみで終わっている点を私は嘆かわしく思っていました。私たち人類にいま、本当に重要なことが起きているというのに、それについて議論する場がどこにもありません。もちろん、映画館はプロパガンダの場ではないし、映画が政治行為だとも思いませんが、でも、政治化されることはありますから」。