ケイト・ブランシェットが明かす、難役へのアプローチ『TAR/ター』の役柄は「最高の体験」

インタビュー

ケイト・ブランシェットが明かす、難役へのアプローチ『TAR/ター』の役柄は「最高の体験」

「先生に『あなたはピアニストではなくて、俳優のほうがいいのでは』と言われたのです」

やがてターは、徐々に精神の平衡を失っていく
やがてターは、徐々に精神の平衡を失っていく[c] 2022 FOCUS FEATURES LLC.

ター役を演じるにあたり、ピアノや指揮、ドイツ語、アメリカ訛りの英語を習得したブランシェット。劇中で流暢にピアノを弾くシーンも印象深い。「ピアノは子どものころに弾いていて、いつかまたやりたいと言い続けていたのですが、映画のためでないとなかなか再開できなかったのは、私の情けないところです(笑)。でも、私の人生に音楽が戻ってきたのはとてもうれしいことで、バッハから始め、娘ペトラ役のミラ(・ボゴジェヴィッチ)とも美しい関係が築けました。私が彼女にピアノを教えるという素敵なシーンがあるのですが、私自身がピアノを習っていた思い出にも浸りました。私とピアノの先生との関係はとても特別なもので、9年生のとき、先生から『あなた、練習してこなかったわね』と言われたのを思い出しました。私は涙を流し『はい、練習しませんでした』と言うと、『あなたはピアニストではなくて、俳優のほうがいいのでは』と言われたのです」。

自身のピアノの教師とのエピソードも語ったケイト・ブランシェット
自身のピアノの教師とのエピソードも語ったケイト・ブランシェット[c] 2022 FOCUS FEATURES LLC.

まるで将来を予言しているかのような発言だ。「そんなことを言われたのは初めてでした。先生はある意味、私にとってメンターのような存在で、今回そういった子ども時代の思い出がすべて蘇ってきたのです。ずっと想いを馳せていたことがたくさんあり、そういったものがほぼ無意識に本作に反映されているのではないかと」。

「ターはすばらしい音楽を演奏できるようにするために、自分に嘘をついてきたのではないかと捉えました」

ター役については「彼女はもうすぐ50歳で、人生において物理的にも抽象的な意味でも重要な変換期にいます。また、どの指揮者も未だかつて成し遂げたことのない野望も成し遂げようともしていますが、その時点でアーティストであり続ける唯一の方法は、そこから降りることだと悟ります」と捉えた。

ブランシェットが演じるのは、ドイツのベルリン・フィルで首席指揮者に任命されたリディア・ター
ブランシェットが演じるのは、ドイツのベルリン・フィルで首席指揮者に任命されたリディア・ター[c] 2022 FOCUS FEATURES LLC.

「自分が次にやるべきことへの恐怖や不安があり、結局そのことが愛するものを破壊してしまったのかもしれないと彼女は思うのです。ある意味、彼女はすばらしい音楽を演奏できるようにするために、自分に嘘をついてきたのではないかと私は捉えました。女性であれば、バーンスタインやマーラーとつながりのある師匠が必要ですが、彼女にはそういうものがないがゆえに、自分のペルソナを作り上げなければならなかったのです」。

そこから、とんでもない事態に陥っていくことになる。「うわべを覆った嘘をついても、ある時点までいくと、アーティストとして再び本物に到達するためには、それを打ち砕く必要があります。彼女のなかで、吐きださなければならないと分かっている火山のようなものがありながら、愛するものを失うことを恐れていたのだと感じました。それは恋愛関係や親子関係だけでなく、権威や権力といった自分の地位もそう。この場合の権力とは、文化的な権力を持つ立場まで昇り詰めることで、その場所はあまりにも魅惑的で人の心を引きつけるからこそ、世界中のクリエイティブな人たちだけでなく、政治家もそれを手放すことができないんです」。


【写真を見る】ケイト・ブランシェット、アカデミー賞授賞式で披露した美しきドレス姿
【写真を見る】ケイト・ブランシェット、アカデミー賞授賞式で披露した美しきドレス姿Kyusung Gong/[c]A.M.P.A.S.

ター役で4度目となるゴールデン・グローブ賞、ヴェネチア国際映画祭女優賞、全米、NY、LAの批評家協会賞といった名立たる賞を多数受賞したブランシェット。ター役を演じきったことについては「最高の体験でした」と語る。「私は制作のあらゆる過程で喜びを感じました。私とトッド、ニーナ(・ホス)、ノエミ(・メルラン)、それから秀でたチェロ奏者であるソフィー・カウアーなどと共にやったのは“ダンス”で、まさにアンサンブルならではの成果でした。すばらしいスタッフもいて、誰もが没頭しました。そして1年近くもずっとあの音楽に触れながら過ごすことのできる機会というのは、本当に特別なことでした」。

最後は、ブランシェットが日本のファンに向けたメッセージで締めくくっておく。「本作は文化を超え、時代を超えて語りかける作品だと思うので、どうか、本作を映画館で、心を開いて観ていただけますように。そして、観終わったあとで、話をしてください」。

構成・文/山崎伸子

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