カンヌで注目された韓国映画は?ソン・ガンホ、ソン・ジュンギの最新作やポン・ジュノが絶賛した作品も

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カンヌで注目された韓国映画は?ソン・ガンホ、ソン・ジュンギの最新作やポン・ジュノが絶賛した作品も

昨年の第75回カンヌ国際映画祭では、是枝裕和監督の『ベイビー・ブローカー』(22)とパク・チャヌク監督の『別れる決心』(22)の2本がコンペティション部門に出品され、ソン・ガンホが男優賞、パク・チャヌクが監督賞を受賞する快挙を果たした。第76回を数える2023年は、アウト・オブ・コンペティション部門に『Cobweb』、ミッドナイト部門に『Project Silence』、ある視点部門に『Hopeless』、監督週間に『In Our Day』、批評家週間に『Sleep』(すべて英題)と、多部門にわたって韓国の長編映画が上映されていた。

【写真を見る】ポン・ジュノ監督の『オクジャ/okja』に助監督の一人として関わっていたユ・ジェソンの初監督作品『Sleep』
【写真を見る】ポン・ジュノ監督の『オクジャ/okja』に助監督の一人として関わっていたユ・ジェソンの初監督作品『Sleep』[c]Earl Gibson III/HFPA

監督第1作目、第2作目に特化した部門の批評家週間に出品された『Sleep』は、ポン・ジュノ監督の『オクジャ/okja』(17)に助監督の一人として関わっていたユ・ジェソンの初監督作品。子どもの誕生を控えた新婚夫婦が、夫の夢遊病に悩まされ…というシチュエーション・スリラー。別作品の打ち合わせでポン・ジュノと会った際に、ユ・ジェソン監督が書き上げたばかりの脚本を見せると、「今すぐに撮影準備に入ったほうがいい」と勧められ、『オクジャ/okja』の制作会社社長とポン・ジュノが資金調達に奔走してくれたという。上映に立ち会った夫婦役のチョン・ユミイ・ソンギュンの生活はコミカルなのに、状況はスリラーやホラーに転じ、家族愛のようなドラマも描かれる。このようなジャンルミックス映画が増えている状況は決して韓国映画独特のものではなく、自分たちの日常に笑いも恐れも社会に対する怒りも共存していることが理由ではないかとユ・ジェソン監督は語っていた。

『グッバイ・シングル』(16)のキム・テゴン監督によるディザスター映画『Project Silence』
『グッバイ・シングル』(16)のキム・テゴン監督によるディザスター映画『Project Silence』[c]Earl Gibson III/HFPA

イ・ソンギュンのもう1本の出演作、『Project Silence』はミッドナイト部門で上映された。キム・ヘスマ・ドンソクが共演した『グッバイ・シングル』(16)のキム・テゴン監督によるディザスター映画で、荒天が引き起こした連鎖事故とバイオ・テロによって極限状態に陥った人々のサバイバルを描く。多重事故現場に居合わせた、大統領補佐官(イ・ソンギュン)、事故現場に向かうレッカー車運転手(チュ・ジフン)、とある計画の責任者である研究者(キム・ヒウォン)が、それぞれの立場を超え、崩壊直前の橋からの脱出を試みるが…。『新感染 ファイナル・エクスプレス』(16)などの大ヒットにより、ディザスター映画は韓国映画の十八番と呼べるジャンル。今作にも、ポン・ジュノ監督の『グエムル 漢江(ハンガン)の怪物』(06)にも通じる社会問題が含まれている。

ソン・ジュンギは自身の出演料を返上してこのプロジェクトを推進したという
ソン・ジュンギは自身の出演料を返上してこのプロジェクトを推進したという[c]Earl Gibson III/HFPA

ある視点部門に選出された『Hopeless』は、キム・チャンフン監督の長編デビュー作。「クライムサスペンスに興味があった」と言うキム・チャンフン監督は、この映画を作ることで、犯罪そのものではなく犯罪が引き起こす因果を描きたいのだと気づいたという。高校生のヨンギュ(ホン・サビン)が直面する貧困は彼を犯罪の道に誘い、そこでギャングのチゴン(ソン・ジュンギ)と出会ったことで運命が狂い始める。主人公の境遇も暴力描写も容赦の無い“韓国ノワール”で、ダークサイドから目を逸らさずに描き切ったキム・チャンフン監督の覚悟が感じられた。新人監督によるインディペンデント映画、主演も新人俳優、ヨンギュの妹役を演じたBIBIはシンガーと、今作の製作は難航することが予想されていたため、旗振り役のソン・ジュンギは自身の出演料を返上してこのプロジェクトを推進したそうだ。

ホン・サンスの30作目の監督作『In Our Day』
ホン・サンスの30作目の監督作『In Our Day』[c]Earl Gibson III/HFPA


監督週間のクロージング作品『In Our Day』は、ホン・サンスの30作目の監督作。監督だけでなく、脚本、撮影、録音、美術、編集、音楽、全てにホン・サンスの名がクレジットされている。女優(キム・ミニ)と詩人(キ・ジュボン)の物語が交互に描かれ、会話劇から哲学的なテーマが見え隠れするのも、いつも通りのホン・サンス映画。作家性を追求した映画を上映する監督週間では、独自の道をいくミシェル・ゴンドリー監督とホン・サンス監督の新作、そしてクェンティン・タランティーノのセレクトによる特別上映とトークなどが企画されていた。

豪華キャスト陣で話題になっている『Cobweb』
豪華キャスト陣で話題になっている『Cobweb』[c]SPLASH/AFLO

昨年、『ベイビー・ブローカー』で男優賞を受賞したソン・ガンホは、映画祭会期終盤に主演映画『Cobweb』のプレミア上映に参列し、授賞式では女優賞のプレゼンターを務めた。『甘い人生』(04)、『GOOD BAD WEIRD グッド・バッド・ウィアード』(08)もカンヌ映画際ミッドナイト部門で上映されていたキム・ジウン監督の最新作は、映画作りがテーマ。パンデミックの最中に「映画とはなにか、映画を作るとは?創造とは?オリジナリティとは?」と自身に問いかけたことを、そのまま映画にしている。1970年代、軍事独裁政権化の韓国。映画監督のキム・ギヨル(ソン・ガンホ)は撮り終わったはずの映画をめぐり、自問自答をしている。「2日間で結末を撮り直すことができれば、絶対的傑作になる」との強迫観念に駆られた監督は、政府の脚本検閲や訝しげるプロデューサーを交わし、俳優陣やスタッフを巻き込んで再撮影を行う。ギヨル監督を取り巻くのは、如才ない女好きの主演俳優(オ・ジョンセ)、50年代から活躍するトップ女優(イム・スジョン)、監督助手へ転身する元経理担当(チョン・ヨビン)、撮影の掛け持ちをする売れっ子女優(アイドルグループf(x)のクリスタルことチョン・スジョン)、韓国映画の歴史を経験してきた名女優(パク・チョンス)といった癖のある人たち。トラブルに巻き込まれてもニコリともしないソン・ガンホが、真剣に映画に取り組めば取り組むほど笑いが起きる。豪華アンサンブルキャストをまとめあげる座長としても、さすがの存在感だった。モノクロの劇中映画は実際に白黒フィルムで撮影され、現実(70年代)パートと区別している。

レッドカーペットに登場したアイドルグループaespa
レッドカーペットに登場したアイドルグループaespa[c]SPLASH/AFLO

これらの韓国出資・制作の作品に加え、K-POPスターの映画際出席も目立った。BLACKPINKのロゼジェニー、aespaのメンバーがレッドカーペットに登場し、カンヌ近郊の高級リゾートで行われたブランドのイベントにはBTSのVも出席していた。そして、カンヌ映画際だけでなく映像業界全体を見回すと、韓国系移民が関わる作品が増えている。カンヌ映画際のクロージング上映の『マイ・エレメント』(8月4日公開)は韓国系米国人ピーター・ソーン監督による作品、コンペティション部門の『May December』(トッド・ヘインズ監督)でナタリー・ポートマンとジュリアン・ムーアという2大女優に挟まれる難役を演じたチャールズ・メントン(『リバーデイル』)は、母方が韓国系移民という出立だ。今年初めのサンダンス映画祭とベルリン国際映画祭で上映され好評を博した『Past Lives』は、幼少の頃にカナダに移住した韓国系のセリーヌ・ソン監督による作品で、主演を務めた「ロシアン・ドール:謎のタイムリープ」のグレタ・リーはロサンゼルス生まれの韓国系移民、『ニューイヤー・ブルース』(21)のユ・テオはドイツ出身の韓国系俳優として活躍している。

昨年のカンヌ映画祭ある視点部門に出品された『ソウルに帰る』(8月11日公開)の主演を務めたパク・ジミンはフランスで育った韓国系移民、カンボジア系フランス人のダヴィ・シュー監督は今年のある視点部門の審査員を務めていた。2020年の『ミナリ』やNetflixの『BEEF/ビーフ』を例に出すまでもなく、このようなディアスポラ(移民)作品が増えているのは、「最も個人的な題材を描くことが最もクリエイティブである」とアカデミー賞授賞式でスピーチしたポン・ジュノ監督が予言した通りになっている。

文/平井伊都子

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