トム・クルーズとクリストファー・ノーランがIMAXを奪い合い?“ラージ・フォーマット上映”にみる映画市場経済の変化

コラム

トム・クルーズとクリストファー・ノーランがIMAXを奪い合い?“ラージ・フォーマット上映”にみる映画市場経済の変化

今夏は、パンデミックからの復活を祝うような大作映画が次々と公開されている。その影で、クリストファー・ノーラントム・クルーズが熾烈な争いを繰り広げているという噂が流れた。情報源は映画業界やテック業界のインサイダー情報を流すメールニュースで、その後映画業界誌なども後追いで報道している。彼らが取り合っているのは、IMAXなどのプレミアム・ラージ・フォーマット(PLF)のスクリーン。話題の大作映画を観る際に、特別な体験をしたいと考える観客は多い。一方で、映画を作り送り出す側もPLF上映を懇願する。それは、自分たちの作品をできるだけ大きなスクリーンで、高解像度の映像と臨場感あふれる音響とともに観てほしいと願うフィルムメイカーの存在と共に、映画市場経済のあり方に変化が訪れているからだ。

【写真を見る】LAの街中でも「ミッション:インポッシブル」と『Oppenheimer』が並ぶ!“ラージ・フォーマット上映”を勝ち取るのは?
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北米で7月12日(日本公開は7月21日)に公開される『ミッション:インポッシブル/デッドレコニング PART ONE』の劇場ブッキング状況に、プロデューサーも務めるトム・クルーズが満足していないと、メールニュース「PUCK」が報じた。公開週のPLF上映は「デッドレコニング」がほぼ独占しているが、その9日後の7月21日には、”ミスターIMAX“ことクリストファー・ノーラン監督の『Oppenheimer』が公開を控えている。ノーラン監督は、『ダークナイト』(09)で初めてIMAXフィルムカメラを導入し、『ダークナイト ライジング』(12)以降の作品すべてにおいてIMAXフィルムカメラで撮影を行っている。IMAX社と協働し、最先端フィルムカメラの研究、開発にも熱心に取り組んでいるノーラン監督は「IMAXフィルムは映像に命を吹き込んでくれます。解像度、色彩、シャープネス、そして全体的なクオリティにいたるまで、今日のIMAXフィルムカメラに勝るものはありません。世界中のフィルムメイカーと映画ファンは、改良を遂げた最新IMAXフィルムカメラへの期待に胸を躍らせることでしょう」と語る。IMAX上映についても「これを業界標準として、ほかのテクノロジーも追随すべき」とコメントを寄せ、「IMAXはほかの映画フォーマットではできない形で観客をアクションに放り込むことができます。映画を観に行くと、すばらしい作品が与えるスケール感や雄大さにうっとりした子どものころを思いださせてくれるのです」と語っている

『Oppenheimer』では、2002年の『インソムニア』から2020年の『TENET /テネット』までノーラン監督と組んでいたワーナー・ブラザース映画(北米のみ)ではなく、初めてユニバーサル映画で新作を撮った。パンデミックの最中に公開された『TENET /テネット』は劇場公開を死守したものの、ワーナーは2021年末まですべての映画を劇場公開と同時に系列ストリーミング・サービスであるHBO Max(現Max)で配信し、映画館での鑑賞体験を第一に考えるノーラン監督と袂を分かつことになった。人気、実力ともに現存する最高の映画監督の一人であるクリストファー・ノーランを口説くために、ユニバーサル映画がPLF上映の優先ブッキングを交渉条件に入れたのは想像に易い。ユニバーサルへの移籍に際し、ノーラン監督によるクリエイティブ・コントロール、興行収入からのロイヤリティ、公開前後3週間は他作品を公開しないなどの条件が提示されたという報道もある。『Oppenheimer』は、7月21日の公開から3週間、全米約400スクリーンでIMAX上映を確定、そのうち25劇場では、IMAXカメラの特性を最大限再現する70ミリフィルムでの上映を予定。IMAX社は、全世界約1700館のIMAX上映館のうち、1550館で3週間にわたり『Oppenheimer』を上映するとしている。

日本での累計興行収入が137億円を超え、トム・クルーズの日本歴代興収No. 1となった『トップガン:マーヴェリック』
日本での累計興行収入が137億円を超え、トム・クルーズの日本歴代興収No. 1となった『トップガン:マーヴェリック』[c]SPLASH/EVERETT


映画業界の興行成績予想では、幅広い観客層を取り込めるアクション大作である『ミッション:インポッシブル/デッドレコニング PART ONE』が、アート志向のコアな映画ファン向けの『Oppenheimer』を上回るとしている。『トップガン マーヴェリック』(21)の大ヒットが「映画を救った」とまで言われたトム・クルーズが、プロデューサーとしてPFL上映確保に躍起になるのは当然のこと。『トップガン マーヴェリック』の全世界興行収入14億9000万ドルのうち、1億1000万ドルはIMAX上映によるもので、そのほかのPLF上映を含めると数億ドルの興行収入を上げている。この数字は『トップガン:マーヴェリック』に限ったものではなく、NATO(全米劇場所有者協会)の年次報告書によると、2022年度の北米興行収入75億ドル(約1兆630億円)のうち14%をPLF上映が占めている。5月30日に全米公開された『スパイダーマン:アクロス・ザ・スパイダーバース』(公開中) は、公開週末動員のうち29%が平均4.5ドルほど高いチケット代を払いPLF上映で鑑賞。全米興行収入1億2050万ドルのうち1350万ドルがIMAX上映分で、市場の11.2%に値する。

『スパイダーマン:アクロス・ザ・スパイダーバース』もPLF上映が好調
『スパイダーマン:アクロス・ザ・スパイダーバース』もPLF上映が好調[c]SPLASH/EVERETT

巨額の製作費をかけた大作映画であればあるほど、PLF上映による興行収入を無視することはできない。映画興行ビジネスは、多くのスクリーンで長い期間上映することによって最大の利益を生むものだが、より大きなスクリーンと高精度音響によるプレミアム体験が、特大ヒット映画の絶対的条件となっている。

噂されたトム・クルーズとクリストファー・ノーランによる”PLF奪い合い“の真偽は定かではないが、クルーズは6月28日に、「デッドレコニング』の監督・脚本家のクリストファー・マッカリーと共に『Oppenheimer』『バービー』(8月11日公開)、そして『インディ・ジョーンズと運命のダイヤル』(公開中)を鑑賞したことをSNSで報告している。

「今夏は、映画館で鑑賞すべき最高の映画が盛りだくさんです。
ハリソン・フォード、映画史上最も象徴的なキャラクターであるインディ博士の40周年をお祝いします。映画の二本立てが大好きですが、『Oppenheimer』と『バービー』の二本立てほど爆発的で(そしてピンク色の)ものはないでしょう」

パンデミック以降の映画興行の壊滅的状況を「救った」と言われるトム・クルーズ。今夏は、ライバルを含め映画界全体を盛り上げていこうという姿勢を表明している。

文/平井伊都子

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