“変態”的なオブセッションに魅入られる…。鬼才、デヴィッド・クローネンバーグの作家性を語ろう

コラム

“変態”的なオブセッションに魅入られる…。鬼才、デヴィッド・クローネンバーグの作家性を語ろう

カナダの鬼才デヴィッド・クローネンバーグの8年ぶりの新作『クライムズ・オブ・ザ・フューチャー』(公開中)が、ついに日本の劇場に登場!これはうれしい。今年80歳となるクローネンバーグが、丸くなることを拒絶するかのように、ますますとんがった作品を撮っていることが、さらにうれしい。今年最大の必見作であると断言して、ひとまず先に進もう。

クローネンバーグと言っても、映画ファン以外には“誰、それ?”と思われるかもなので、簡単に説明したい。1970年代から映画製作を続けているクローネンバーグは『スキャナーズ』(81)などの低予算SFホラーで頭角を現わし、『ザ・フライ』(86)ではハリウッドでも成功を収める。以後、カンヌやベルリンなど世界有数の映画祭に意欲作を送り込んではセンセーションを巻き起こし、自身のビジョンに決して妥協しない映画製作の姿勢によって世界中のフィルムメーカーの尊敬を集めている。そんなクローネンバーグの映画の魅力を、ここでは解説していきたい。

御年80歳ながら先鋭的な作家性をますます研ぎ澄ましていくカナダの鬼才、デヴィッド・クローネンバーグ
御年80歳ながら先鋭的な作家性をますます研ぎ澄ましていくカナダの鬼才、デヴィッド・クローネンバーグPhoto: Caitlin Cronenberg

細胞レベルでハエと結びついた科学者の“肉体の変容”がショッキングな『ザ・フライ』

まずはクローネンバーグ初心者にもとっつきやすい『ザ・フライ』。1958年のSFホラー『蠅男の恐怖』のリメイクだが、彼が撮る以上、ただのリメイクに終わるわけがない。物語は、分子レベルに物質を分解して転送し、再構築する機械を生みだした科学者が、人体実験の際に紛れ込んだハエと融合してしまい、悲劇が起こる…というもの。細胞レベルでハエと結びついた人間の肉体は見る見るうちに変貌を遂げ、人の姿からどんどんかけ離れていく。グロテスクなまでの“肉体の変容”は、クローネンバーグがしばし好んで取り上げるテーマ。そのビジュアルはショッキングだが、それだけに留まらず、せつないラブストーリーに昇華していることに本作の妙がある。

ハエと融合してしまった科学者の肉体がしだいに変容していく…(『ザ・フライ』)
ハエと融合してしまった科学者の肉体がしだいに変容していく…(『ザ・フライ』)[c]Everett Collection/AFLO

一度見たら夢に出てきそうな“グロテスク”なクリーチャーが出迎える『裸のランチ』


グロテスクな映像という点では、『裸のランチ』(91)を取り上げないわけにはかない。ビート文学の最高峰と言われるウィリアム・S・バロウズの同名小説を、大胆な解釈で映像化した本作は、麻薬中毒者であったバロウズ自身をモデルにしてドラマを紡いでいる。妻を誤って射殺してしまった男が動転して迷い込む、謎の街インターゾーン。そこで彼は、現実とも幻想ともつかぬ体験を重ねていく。バーで飲んでいる隣の男が二足歩行の爬虫類にもエイリアンにも見える生命体だったり、ゴキブリ型のタイプライターには人間の肛門がついていたり、女性器をモチーフにしたクリーチャーが出現したり。ともかく、一度見たら夢に出てきそうなほど“グロテスク”なのだ。

爬虫類やエイリアンのようなビジュアルのマグワンプなどグロテスクなクリーチャーが登場する『裸のランチ』
爬虫類やエイリアンのようなビジュアルのマグワンプなどグロテスクなクリーチャーが登場する『裸のランチ』[c]Everett Collection/AFLO

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