『春に散る』横浜流星×松浦慎一郎が対談。極限までリアルを追求した、ボクシングシーンの舞台裏を語る
沢木耕太郎の小説を、瀬々敬久監督が佐藤浩市と横浜流星のダブル主演で映画化した『春に散る』(公開中)。本作は、ボクシングを通して再起を図る男たちの生き様を描いたヒューマンドラマ。40年ぶりに帰国した元ボクサーの仁一(佐藤)と傷心のボクサーの翔吾(横浜)が出会い、師弟関係を結ぶ。そんな翔吾の前に世界チャンピオンの中西(窪田正孝)が立ちはだかり…。
臨場感あふれるボクシングシーンを指導、監修したのは『あゝ、荒野』(17)『ケイコ 目を澄ませて』(22)ほか数々のボクシング映画に携わってきた松浦慎一郎。横浜から「いままで作ったことのないボクシングシーンにしてください」と熱望された彼は、どのように思考し、構築していったのか。本作をきっかけにボクシングに熱中し、プロテストに合格するまで求道を続ける横浜と松浦の、濃密な対談を余すところなくお届けする。
「改めて『格闘技が好きだ』と思いました」(横浜)
――まずは横浜さん、ボクシングC級ライセンス合格おめでとうございます!
横浜「ありがとうございます!」
――『春に散る』の撮影後、約半年後の6月に受験されたかと思います。2~3月は舞台「巌流島」があり、その後週4ペースでライセンス取得に向けてトレーニングされたと伺いました。日々どのようなメニューをこなされたのでしょう。
横浜「基本的にはミット打ちを行い、試験内容に実技として2ラウンドのスパーリングがあるため、本番を想定したスパーリングを行っていました。また、自分の体力をつけるために追い込みもして、あとは筆記の準備です」
――松浦さんと二人三脚で進められたのですね。
松浦「はい。芝居のボクシングとプロテストのボクシングはまた違うので、練習も変えていく作業が必要でした。いま流星くんがおっしゃったように実技があるので、実際に殴り合うための体力づくりと技術練習を行いました」
――ある種、撮影後も「終わらない」といいますか…。
松浦「撮影後のトレーニングのほうがハードだったかも(笑)。本当に戦いますから」
横浜「そうですね(笑)」
――本作の撮影に際し、横浜さんから「松浦さんが作ったことのないボクシングシーンに」とリクエストがあったと伺いました。それを受けて、松浦さんはどのようにシーンを構築されていったのでしょう。
松浦「技術的なものも含めてですが、ボクシングシーンは流星くんひとりでは作れません。相手の窪田正孝くんや坂東龍汰くんのボクシングのレベルも当然考慮せねばならず、全員のレベルが一定のところに達していなければクオリティは高められませんが、3人のスキルが本当に高かったので、本当にギリギリのところまで攻めることができました。普通だったらこれくらいの距離感でOKというところも、顔のギリギリまでパンチをするように設計したり。手数的に『これ以上増やすとリスクが増す』といままで妥協していたものも、流星くんならやってくれるだろう、と踏み込んで作ったりしていました。
究極だったのは、手(動きの型)は作っていたものの、撮影前に『ごめん、ここは僕の勝手な想いだけど、演者同士のアドリブでボクシングをやってほしい』と、流星くんと窪田くんに相談したことです。僕がやりたいボクシングシーンの究極は、自分が作らずに演者同士がその場で行う試合そのものでした。『それができたら最高だな』とずっと思っていたのですが、今回はそのアイデアをOKしてくれるチームでしたし、僕もそれをぶつけられる安心感や信頼を置ける現場でした」
――いまお話しいただいたアドリブの試合シーンは、世界戦の第11ラウンドですね。
横浜「11ラウンドは全編アドリブではありますが、それまでも要所要所にアドリブは入っているんです。例えば、『型は決まっているけどそこに到るまでのストロークはお任せします』というものもありました。中西がこう出すなら翔吾はこう返すだろう、と考えていくのは楽しかったです。でも本当に、相手が窪田くんじゃなければできないことでした。
ラウンドを重ねていくと疲れも出てきますし、劇中の第11ラウンドは、疲労感を残しつつお互いの感情をぶつけ合いながら、でも心は冷静でないといけない状況でした。会話のキャッチボールはしないけれど拳のキャッチボールといいますか、普段とはまた違った芝居でしたね。翔吾はチャンピオンである中西に勝ってベルトを絶対に獲りたい、という想いがあり、中西もそれを受け取って返してくる。そのやりとりを経て僕の中にいままでにない感情が生まれて、でもすごく楽しくて、改めて『格闘技が好きだ』と思えた瞬間でもありました」
――撮影自体は、第1ラウンドから12ラウンドまで順撮りだったとのことで、リアルな疲労感が反映されているわけですね。
松浦「はい、本当にきつかったと思います。実際の試合は1ラウンド3分で合間に1分の休憩が入り、試合時間は最大36分(3分×12ラウンド)で終わります。でも撮影は12時間裸で殴り合い、しかも世界戦は4日間かけて撮っていますから。パンプアップもしなければなりませんし」
横浜「撮影の朝が一番きつかったです(笑)。世界戦の撮影初日は第1ラウンドから第5ラウンドまで撮って、だんだん体が温まってきたところで終了になりました。そして次の日はその続きから撮るため、本番前にもう一度、第5ラウンド終了時の自分まで持っていく必要があるんです。松浦さんにミット打ちに付き合ってもらって体を温めたり、ひとつ前のラウンドからやって流れを思い出しながら本番に向かっていきました。でも、身体はどんどん疲労していくので大変でした」
松浦「しかも、撮影は真冬でしたが汗を表現するため霧吹きを身体にかけないといけません。待ち時間の間に身体が冷えていくしんどさもあったと思います」
横浜「そうでしたね(笑)」
松浦「毎回びちゃびちゃに濡らされていたもんね(笑)。ボクシングシーンの撮影は、本当に大変なんです。リングで戦う二人がいかに大変なことを成し遂げたか、業界の方みんなにわかってほしいです」