『北極百貨店のコンシェルジュさん』板津匡覧監督「西村ツチカ作品のすばらしさを尊重しつつ、アニメならではの表現をしたかった」
アフレコの様子を聞くと、ニッコリ。「立川談春さんと掛け合いをしながら会話を作りました」
個性豊かなキャラクターを演じる声優陣とのアフレコは「楽しいやりとりでした」とニッコリ。「数々の作品に携わってきた百戦錬磨の方たち。それぞれがキャラクターのイメージを持ち寄ってくださり、『その感じでいくならこんな風に演じると絵に乗ります!』みたいなやりとりをキャッチボールのように繰り返し、現場で一緒に作り上げていきました」。印象的だったのは、ワライフクロウ夫役の立川談春の役へのアプローチだったそう。「いつの間にかよく(出演を)お願いするようになっていて(笑)。実は、原作では江戸弁を話すキャラクターではないのですが、師匠が出てくれるなら変えてもいいかもという話をしていました。アフレコ現場に入ってくるなり『この年代の人は江戸弁でこんなことは言わない。どんな風に言わせたいの?』みたいなやりとりから始まって。師匠の収録のテスト時は僕が島本須美さんに代わってワライフクロウ妻役を演じて、掛け合いをしながら会話を作っていきました。師匠とのやりとりでしか生まれない会話がたくさんあって、噺家さんならではのアプローチに度肝を抜かれましたが、すごく楽しかったです」と身振り手振りを交えて、収録の様子を笑顔で再現してくれた。
さらに談春ファンの板津監督は、談春の声の芝居の魅力を分析。「生っぽくもあり、虚構っぽくもある。あの絶妙な感じはほかには知りません。不思議とアニメにも声が乗るんです。落語家さんってある種、すでに誇張もされている世界で生きている人たちだから、リアリティを出しながら虚構としての構築も同時にしているところがやっぱりおもしろくて。特に師匠はある種理詰めで『こいつとこいつはこういう関係だから…』と掘って掘って掘っていくというやり方。アイデアの豊富さにはびっくりしますし、やっぱり不思議な感じがしました」。
「さらに自分のスタイルを発展させたうえで、ちょっと違うアプローチもしていきたい」
監督として、そして原作ファンとして、本作の見どころもピックアップしてもらった。「全カットではないのですが、今回は僕が描いた絵コンテに先に色を載せてもらう手法をお願いしました。背景が上がった後にキャラクターの色を考えていくのが通常のアニメのやり方ですが、それを逆転させられたのは僕にとってはすごく大きくて。この色が来るならこの絵で大丈夫と見えるから、不安なく作っていくことができました。色で奥行きや視線誘導ができたので、注目してほしいポイントでもあります。映像は原作よりもお仕事もの寄りになり、ドタバタ感がありますが、原作の持つ繊細さや背景の密度の高さを活かしつつ、アニメなりの色と線に置き換えて作っている点も観ていただけるとうれしいです」。
劇場版アニメの監督デビュー作を完成させたいま、監督という仕事に必要なことについて考える良い機会になったと力を込める。「僕は、不登校児だったんです。小学校の途中から学校が苦手になって、中学もあんまり行けなかったし、高校も入ったはいいけれどほとんど通っていません。アニメが好きでアニメーターという仕事があることを知りましたが、その道を選んだのは早く社会に出たかったから。まともに学校に行ってなかったので、社会に参加できていないという感覚がすごくあったんです。会社に就職したというよりもアニメーターという職人さんの弟子になったような感覚でした」とアニメ業界へ足を踏み入れた経緯を振り返る。
「描きたいとかの表現欲よりも、自分で食べていけるようにならねば!という気持ちが大きかったと思います。社会に参加できたこと、自分もここにいていいんだと思えたのはアニメーションの仕事で得られたものだと言えます。そのあたりの感覚は秋乃を描くにあたって影響しているのかもしれません(笑)」と微笑んだ板津監督。アニメ業界で様々な経験を重ね、本作で劇場版アニメ監督デビューを果たしたいま、「苦手としていた、“人とどう関わるか”が監督として大切な要素の一つと実感しています。相手の仕事をいかに素早く的確に見ることが大事だということに改めて気づきました。自分の表現も大事ですが、相手が表現したものをしっかりと見ること、見えることが大事。それが見えないと演出もできません。今回、監督をやって以前よりも強くそう感じるようになりました」と話した板津監督。第49回ワールドフェスト・ヒューストン国際映画祭にてクラシック・セル・アニメーション部門のプラチナ賞を受賞した初監督作品『みつあみの神様』で築いた自身のスタイルを本作で発展させることができたとし、「次回作でもさらに自分のスタイルを発展させたうえで、ちょっと違うアプローチもしていきたいと考えています。アニメ業界そのものがだいぶ様変わりしているところ。世代交代まではいかないけれど、少しずつ変化を実感しているので、その変化にどう合わせて作品を作れるか。それがいまの自分の課題でもあり、よく考えていることでもあります」と、現在の心境と今後の展望を口にした。
取材・文/タナカシノブ