『つんドル』穐山茉由監督×ケイト・スペードジャパン柳澤社長と対談!「安希子とササポンは、これまでにはない新しい関係性」
仕事なし、男なし、貯金なしの崖っぷちアラサーの安希子(深川麻衣)が、友人の勧めで56歳のサラリーマン"ササポン"(井浦新)と奇妙な同居生活を送る、まさかの実話を基にした最新作『人生に詰んだ元アイドルは、赤の他人のおっさんと住む選択をした』(通称『つんドル』)が11月3日(金・祝)に全国公開を控える穐山茉由監督にフォーカスした特別連載。
第3回目は、穐山監督が在職している、女性を中心に人気を集めるニューヨークのファッションブランド「ケイト・スペード ニューヨーク」ジャパン社の柳澤綾子社長と対談。クリエイターとしての穐山監督だけでなく、アパレル社員である“穐山さん”の一面についても語ってもらった。
「シリアスな面も描きながら、若い女性の目線から捉えた現実がすごくリアル」(柳澤)
穐山「初めて柳澤さんに私の映画を観てもらったのは、東京国際映画祭で『月極オトコトモダチ』が世界初上映された時でしたよね」
柳澤「もう追っかけ同然みたいな感じで、『キャー!アッキー!』って、みんなで応援してたよね」
穐山「はい(笑)。とても不思議な感覚でした。同僚たちも『会社でレッド・カーペットの中継を見てたよ』と写真を送ってくれて」
――穐山監督は、社内でどんな存在なんですか?
柳澤「ケイト・スペード ニューヨークは、元編集者のデザイナーが『世の中には黒と茶色のバッグしかない』ことに気付いてカラフルなナイロン・バッグをつくったところからスタートしていて、『Joy Colors Life(喜びが人生を彩る)』をブランド・パーパスに掲げ、挑戦する人を後押しする社風なんです。たしか穐山さんが映画美学校に通っていたころは、会社としてもブランドとしても、著しく成長している過渡期で。穐山さん自身もPRとして最前線に立っている、一番忙しい時だったと思うんですよ。『この小さい身体の中、どこにそんなエネルギーが宿っていたのだろう』と改めて驚くと共に、『こんなに一生懸命、自分の人生を謳歌している穐山さんのことを、なぜ応援しないでいられようか』というのが率直な想いです。PRやマーケティング業務に従事する普段の穐山さんも、独自の感性を発揮していて、すごくクリエイティブだし、思わずクスっと笑えるトークを披露してくれている。しかもすごくおしゃれ。そんな穐山さんが映画監督になったら、『どんな作品が生まれるんだろう?』という、純粋なワクワク感もありましたよね」
穐山「そんな風に言っていただけて、照れます(笑)。よく『理解ある会社だね』なんて驚かれますが、社長をはじめとして、形式だけじゃなく本気でブランドパーパスに向き合っているんですよね。外に出てみてより実感しましたし、映画を撮るうえでの支えになりました」
――『つんドル』をご覧になって、どんな感想をお持ちになりましたか?
柳澤「私、すでに3回観ているんですよ(笑)。映画のなかのササポンのセリフにも『遠い親戚の大切なお嬢さんを預かっているかのような』みたいなセリフがありましたけど、私自身も、本当に親戚の妹が作った大事な映画を観ているような感覚で。ドキドキしつつも『すごいな』って、驚きました。
実はこの映画にもブランドの理念と通じる側面が大いにあるんです。我々は『女性の活躍には健全なメンタルヘルスが欠かせない』と常々考えているのですが、『つんドル』で描かれる、人生につまずいてメンタルヘルスのバランスを崩した女性が徐々に再生していく姿が、ブランドが後押ししたい優しい世界にとても近いと感じていて。シリアスな面も描きながら、若い女性の目線から捉えた現実世界がすごくリアルだなと。メンタルヘルスって、もちろん女性に限らず、すべての人が元気に活躍する基本なので。まずは『弱音を吐いてもいいんだよ』という環境を整えることがとても大切なんですよね」
「恋人でも家族でもないけど本音が言える安希子とササポンは新しい関係性」(穐山)
――ササポンと安希子の関係性は、どのように映りましたか?
柳澤「年齢を重ねてきた人の人間関係って、パートナーか、家族か、子どもか、友たちかの4択くらいに限られがちですが、実は『自分にはそれしかない』と思い込んでいるだけで、見渡せばササポンのような思いもよらないリソースもあるかもしれない。そんな可能性を感じさせてくれる存在でしたよね。ただ話を聞いてほしい時って、誰にでもあるじゃないですか。話すことで心が軽くなるなら、そういったプラットフォームを作っていくことが大事ですよね。ササポンが世界中にいればいいのになって思いました(笑)。一定の距離感を保ちながら見守ってくれて、その時必要なスペースを与えてくる人の存在は大切なんだろうなって」
穐山「恋人でも家族でもないからこそ、本音もポロっと言える。その上でちゃんとコミュニケーションも成り立つところが、これまでにはない新しい関係性なのかもしれないですね。
ちなみに、かつての柳澤さんにも安希子のように焦りを感じる時期はありました?」
柳澤「置かれた状況や立場は安希子とは違えども、私自身、30歳前後が一番焦っていた気がします。私は28歳で出産したのですが、同僚が楽しそうにキャリアを積んだり、デートをしたり、友達と遊んだりしている姿を横目に、自分だけがストップしてしまったかのように感じていた時期もありました。でも私の場合は、ササポンならぬ夫から『いまのままでいいじゃない。なにが問題なの?』と存在を認めてもらえたことで安心できたんです。子どもができた途端にいきなり“お母さん”って言われるようになるし、そうじゃなくても、 “妻”とか、“女社長”とか、どうしてもカテゴライズされるじゃないですか。でも、『全部ひっくるめて私なんだけどなあ』って思ったりするんですよね。まさに、穐山さんの、“ブランドPR”と“映画監督”の2足のわらじというキャリアにも言えることだと思いますが、“一般的”かどうかに囚われることなく、もっと多様な価値観が認められたらいいですよね」
穐山「『つんドル』の安希子のキャラクターは、映画化する上で一般化した部分もあるんですが、本当は複雑で微妙な問題を含んでいたりもするんですよね。たとえば、“元アイドルのOL”という設定からも、ある程度年齢を重ねると、そのまま同じ仕事を継続することができずに、次のキャリアを探さなければいけないという、社会のしがらみが見えてくるとか」