大谷翔平に密着した監督が明かす、ドキュメンタリー映画の舞台裏。最も驚いたのは「彼が本当に“普通”であること」
「大谷選手は、なんの気負いもなく、なんでも普通にできちゃう人。だから彼は天才なんです」
今回、大谷選手に密着してみて、一番驚いたことについて尋ねると、時川監督の口から「驚きがなかったです。彼は本当に“普通”なんです。逆に言えば、そこに驚きました」という意外な答えが返ってきたが、そこには補足が必要だ。「僕の勝手な個人的意見ですが、大谷選手は“普通”のことを普通にできる人です。そこがすばらしい。一般的な男の子なら、ちょっとカッコつけたい年頃だと、こんな練習をやってるなんてバカらしいから遊んでいる方がいい、と投げ出してしまいがち。でも、野球が上手くなりたいのであれば、練習するしかないですよね。大谷選手は、なんの気負いもなく、そこを普通にできちゃう人。だから彼は天才なんです」。
加えて時川監督は、そういった大谷選手の気質は、岩手県民ならではのものではないかとも感じたそうだ。「今回、取材撮影のために、大谷選手の出身地である岩手にも行きましたが、岩手の人はみんなと違わず、普通であることを美徳とされている方が多い印象なんです。どこのお庭もすごくきれいに刈ってあるし、いつもピシッとされています。岩手で撮影を手伝ってくれた方に聞いても『岩手はこうです。目立ったりすることが、はしたないというか、普通にちゃんとしています』と言っていて。大谷選手もそういう点を受け継いでいるというか、育った環境は大きいなとつくづく思いました。だから彼の故郷へ行き、街並みや景色を見たり、いろんな人とお話をできて本当によかったです。大谷翔平は、こういう場所から出てきた人なんだなと大いに納得しました」。
時川監督は「そういう意味では、地方で大きな夢を抱いている子どもたちは、勇気を出してどんどん頑張っていってほしいです。東京の大学を出て、一部上場企業に勤め、レールに乗っかっていくだけが人生における成功ではない。地方にこそ、世界に羽ばたける大物が出る可能性がまだまだあると感じました。そもそも日本という国はそうだったと思います。明治維新でも地方出身者がすごいことをやっていきましたが、彼らはしがらみのない地方にいたことがよかったんです。英語では“Think outside the box”――“箱の外側から考える”と言われていますが、大谷選手も岩手の人だったことが功を奏したのかなと思いました」と持論を述べる。
また、“二刀流プレイヤー”大谷選手の育て親である栗山監督が、大谷選手について語るインタビュー映像も非常に見応えがある。なかでも、時川監督が1番印象に残ったのは、大谷が二刀流の道を進んだことについて栗山監督が「これが翔平にとってよかったのかどうか」と、真摯な表情で語るシーンだと言う。
「それは正直な気持ちなんだろうなと思いました。だって、彼のレベルでの二刀流なんて、誰もやったことがない道ですから。いまや大谷選手の活躍ぶりは、栗山監督の予想を遥かに超えていっていると思いますが。ほかにも栗山監督が、ご自身の役割について語ってくださったところも興味深かったです」。
逆に、大谷選手が栗山監督に「本当に二刀流ができると思っていましたか?」と、率直に聞くくだりもあるが「そこもちゃんと言葉にして素直に言えるところが、大谷選手のすごさかと。気負いや格好をつけたりするところがまったくないので」と言うが、確かに大谷選手の人柄が垣間見られる一幕だ。
劇中では、大谷選手が屈託ない笑顔を見せるオフショットも挿入されている。時川監督は「笑顔がとてもすばらしい」と絶賛したうえで「大谷選手は、映画スターのオーラをまとっています。カメラ映りが人とはまったく違い、彼を見たら『スターだ!』と感じますし、それ以外にどういう形容があるのかしらとまで思ってしまう。だけど、地に足がついていて、ごく普通なんです。だからこそ特別な存在だと思います」と興奮しながら語る。
「今回のインタビューで前もって『こういう質問を投げます』と伝えたことは一切ありません」
話を聞いていくと“普通”というキーワードが特別な意味を持って際立ってくる。「彼にとっては、やることすべてのプロセスが普通のことなんです。ただし、彼はいつも相当、いろいろなことを考えていると思いました。そうじゃなければ、質問をされた時、あれほど端的に、自分の思っていることをわかりやすく言えないと思います。きっと彼は、普段からそういう思考プロセスを繰り返しているはず。ちなみに、今回のインタビューで前もって『こういう質問を投げます』と伝えたことは一切ありません。すべて出たとこ勝負なのに、あそこまでしっかり答えられるのはすごいことです」。
また、劇中ではファンにはおなじみかもしれない、高校1年生の時に書いたという野球に対する目標チャートが登場する。詳細についてはぜひ本編をチェックしていただきたいが、彼が次なる目標として、筆で書いた言葉はずばり「世界一」という言葉だった。
あのシーンについては時川監督も心を射抜かれたそうだ。「僕の演出としては、いままでやってきた目標シートからの脱却というか、その次へとアップグレードするという意味で、なにかわかりやすく視覚的な演出をしたいと思ったんです。それで、そのシートを裏返して、そこに新しい目標を書いてもらうという段取りまでは決まっていました。それで大谷選手に『なにかを書いてください』と言ったら、『世界一』と書いてくれました!」と言うが、なんともエモーショナルなやりとりである。やはり目指すはそこなのか!と胸が熱くなった。
このドキュメンタリーを観て、大谷選手がなぜ栄光をつかめたのか、いろいろな要因がわかってきたが、1つだけ確信していることは、このあと、大谷選手がどのような道を歩むにしても、常に前を向き「世界一」を目指していくということだ。彼は決して後ろを振り返らず、未来へとコマを進める冒険者だ。これからも多くの人々の心を打つプレイを見せてくれるに違いない大谷選手を、心から応援していきたい。
取材・文/山崎伸子