「撮られてる感覚がほとんどない」松村北斗と上白石萌音も魅了された『夜明けのすべて』三宅唱監督の映画づくり
NHKの連続テレビ小説「カムカムエブリバディ」で夫婦役を演じた松村北斗と上白石萌音が映画初共演&ダブル主演を務め、「そして、バトンは渡された」の瀬尾まいこによる同名小説を映画化した『夜明けのすべて』(2024年2月9日公開)。本作でメガホンをとった三宅唱監督の過去作をたどりながら、いま世界が大きな注目を寄せる三宅作品の魅力を紐解いていこう。
名だたる映画監督を輩出した映画美学校出身の三宅監督は現在39歳。『Playback』(12)で第22回日本映画プロフェッショナル大賞新人監督賞を受賞し、一躍“新世代の映画監督”として注目を集め、その後も『密使と番人』(17)や『きみの鳥はうたえる』(18)、『ケイコ 目を澄ませて』(22)で高評価を獲得。なかでも『ケイコ 目を澄ませて』では第96回キネマ旬報ベスト・テンの読者選出日本映画監督賞など数多くの映画賞に輝いた。
三宅監督の作品の特徴は、我々が暮らす現実と地続きで生きる人々の描写や関わり合い、その場所や自然を揺るぎなく映しだす独自の視座にある。佐藤泰志の同名小説を原作に、男女3人の青春模様を夏の明け方の函館の街の情景と共に切り取った『きみの鳥はうたえる』では、時代や舞台を三宅監督自身の人生と重ねられる設定に変更。地方のコミュニティで生きる登場人物たちの心情に寄り添いながら、“いま”の若者たちの物語へと昇華していった。
また、元プロボクサーの小笠原恵子の自伝を原案に耳の聞こえないボクサーの実話を描いた『ケイコ 目を澄ませて』では、岸井ゆきの演じる主人公のケイコの内面に秘めた心の機微や焦燥感を、セリフに依存せずにドキュメンタルな視点で描いたことで大絶賛を獲得。第72回ベルリン国際映画祭や第27回釜山国際映画祭に正式出品されるなど、たちまち三宅監督の代表作としてその名を轟かす一本に。
取り扱うテーマに合わせた登場人物の描き方や世界観の構築は、最新作『夜明けのすべて』でも余すところなく発揮されている。本作で描かれるのは、PMS(月経前症候群)でイライラが抑えられなくなる藤沢さん(上白石)と、パニック障害を抱えた山添くん(松村)が、周囲の人々の理解に支えられたり互いに助け合いながら、自身の生き方を見つめていく姿。
「単行本のカバーに書かれた人物紹介を読んだ時点で、直感的に二人に惹かれました」と明かす三宅監督は「問い直すことは正直大変で面倒くさいことですが、それでも考え続けようと相手に接する二人になにか大切なものを感じました。前作でも先入観や偏見を越えていくことのおもしろさを実感していたので、まるで詳しくなかった題材であることにもやりがいを感じました」と、多くの現代人が抱える生きづらさに真摯に向き合っていく強い意志をのぞかせる。
その姿勢は撮影現場での演出にもあらわれており、三宅監督はPMSやパニック障害というテーマを“日常のなかに起こりうること”として意識しながら扱っていったという。同時に俳優たちに寄り添いながら、現場の雰囲気づくりも欠かさない。そんな三宅監督の演出に、松村は「演じるみなさんも役そのままという感じで、多くのカット『いま撮られているな』って感覚がほとんどなかったです」と振り返り、上白石も「三宅組はたしかに栗田科学(劇中で藤沢さんと山添くんが働く会社)でした」と居心地の良さを感じるほど。
自身が持つ経験や価値観を生かしながら、それらに対する先入観や偏見に自覚的であり、時に疑い、登場人物たちをそこに生きるひとりの人間として丹念に描くこと。そして俳優たちの動きや息遣いを察知して、彼らが役として生きていけるような“心理的安全性”が担保された環境を整えて撮影に臨むこと。人と物語、そして映画に正面から向き合う三宅監督が生みだした、リアルで穏やかな日常のかけがえのない瞬間を、是非とも劇場でじっくりと味わってほしい。
文/久保田 和馬