Netflixが年の瀬に放つ、賛否両論の“終末映画”が今年も。『終わらない週末』のメッセージを担うのは名作シットコム?
監督自らカメオ出演!ヒッチコック映画からの影響も
座礁する巨大タンカーに、上空から撒かれる不穏なビラ。庭先に集まってくる鹿の群れに、暴走する無人自動車。劇中で主人公たちの“不安感”を煽り立てていく数々は、人間による環境破壊や政治・宗教、人種などの社会問題、自然の脅威から急激な発展を遂げる文明への危惧など、現代社会に蔓延する不安要素に直接的に通じるものばかり。
その一方でイスマイル監督自身も公言しているように、往年のディザスターパニック映画からアルフレッド・ヒッチコックのサスペンス映画まで多くの映画のエッセンスが随所に散りばめられており、興味は尽きない。とりわけヒッチコック映画化の影響は顕著で、序盤の別荘の階段をロバーツが上る際の奇妙なカメラワークは『めまい』(58)を彷彿させ、中盤にアリが『北北西に進路を取れ』(59)の名シーンを再現するかのような動きを見せる。さらにイスマイル監督自身がカメオ出演している点も同様だ。
奇しくも同じヒッチコック信奉者であるM.ナイト・シャマラン監督も先日『ノック 終末の訪問者』(23)という終末映画を手掛けていた。人里離れた場所にある家が舞台となる点や、そこにやってきた訪問者によって主人公たちが世界の終焉を知らされる一連、緊急放送が流れるテレビに墜落する旅客機など、様々な部分に本作との共通点が見受けられる。また、なにも解決しないまま観客に委ねられる本作の不条理性は『ハプニング』(08)を想起することもでき、シャマラン作品ファンは思わずにやりとしてしまうことだろう。
もう一つ、この『終わらない週末』を語る上で欠かせない要素は、1990年代を代表するシットコムの名作「フレンズ」である(ジュリア・ロバーツはこのドラマのシーズン2の第13話にゲストとして登場している)。アマンダとクレイの娘ローズ(ファーラー・マッケンジー)は、別荘に向かう車のなかでタブレットを使って「フレンズ」シーズン10の第17話「グランド・フィナーレ」を観ていたのだが、途中で電波が途絶えて続きが観られない。それから彼女は世界の終わりもそっちのけで、「フレンズ」のロス(デヴィッド・シュワイマー)とレイチェル(ジェニファー・アニストン)の結末が気になって仕方なくなる。
ラストでローズは、邸宅の地下シェルターに迷い込む。階段を降りる手前の壁に掲げられた絵に描かれた「Hope Begins in the Dark(希望は闇のなかから始まる)」という言葉は先述の通り、終末映画に必要な希望のメッセージを直接的にあらわしたものなのだろう。映画からドラマシリーズまで様々なタイトルがぎっしりと詰め込まれた壮観な棚には配信サービスの台頭によって失われつつある映像ソフトへの愛が溢れており、ローズはそこで待望の「フレンズ」の最終巻を手にする。
ハイウェイを暴走する車に飛行機事故を予感させるジョークなど、正反対の描き方とはいえ『終わらない週末』と予期せぬかたちでリンクするポイントがある「フレンズ」の「グランド・フィナーレ」。そこに描かれているのは“ホーム”を離れ、新たな旅立ちを迎える登場人物たちの姿に他ならない。そして陽気に鳴り響くザ・レンブランツの「I'll Be There For You」に込められているのは、ついてない日々を笑い飛ばし仲間と支え合うことの喜び。地球の終焉に置き換えたら“ついてない”では済まないが、やはりここにも一貫した希望のメッセージがあることがわかる。
文/久保田 和馬