“映像化不可能”にどう挑んだ?綾辻行人が明かす「十角館の殺人」実写化までの道のり
全世界シリーズ累計670万部を超える、綾辻行人によるベストセラー「館」シリーズ。好奇心旺盛な大学生の江南(かわみなみ)孝明とミステリ好きな島田潔のコンビが活躍する第1作「十角館の殺人」が発表から37年を経て映像化され、Huluオリジナルのドラマとして独占配信中だ。
絶海の孤島で巻き起こる連続殺人と、海を隔てた本土での推理が並行して展開する本作。昨年映像化の情報が解禁されるや、SNSでは“十角館の殺人”がトレンド1位を獲得したが、その際にも注目を集めたのが、本作のトリックが「どのようにして映像化されるのか?」という点。原作者の綾辻が、困難に挑んだ実写化プロジェクトの舞台裏を明かしてくれた。
「映像化については、『できるの?』というのが最初にありました」
主人公の江南をドラマ初主演となる奥智哉が、江南と共に“死者からの手紙”の謎を追う島田を青木崇高が演じるほか、濱田マリ、草刈民代、角田晃広、仲村トオルら実力派のキャストが脇を固める本作。
物語の舞台は1986年。奇妙な外観の“十角館”が存在する角島(つのじま)で、建築家の中村青司(仲村)が謎の死を遂げた。その半年後、無人島と化していた角島を合宿で訪れたK大学ミステリ研究会の一人が何者かに殺害される。時を同じくして本土では、かつてのミス研メンバー江南(奥)のもとに、死んだはずの中村から1通の手紙が届く。
――初めて映像化の企画を聞いた際、どのように思われましたか?
「『できるの?』というのがまず最初にありました。ただ、映像化を提案したのが旧知の仲の内片輝監督で、彼が長年温めてもってきた企画だったので、なにかアイデアがあるんだろうなと思い、まずは京都でお会いして、どのように映像化するか説明を聞きました。それが2017年のことです」
――内片監督との関係性があって企画がスタートしたのですね。
「そうですね。これが初対面の方だったら、『無理だと思う』とお返ししたと思います。企画当初から監督は確信をもっていて、地上波でも劇場映画でもなく、配信シリーズで5話程度の構成だったらできる、というところまで考えてらっしゃいました。キャスティングの決め方や、エンドクレジットの扱いなんかも、最初から詰められていましたね」
――映像化の際、原作者としてこだわっている点はありますか。
「僕自身のこだわりは多くないですね。作品や媒体、状況によってどこにこだわるかは変わるものだと思いますし。例えば1990年代は2時間サスペンスの全盛期で、僕の『霧越邸殺人事件』や『鳴風荘事件 殺人方程式II』も映像化されました。原作者としては、むしろどんなふうに2時間ドラマにアレンジされているか楽しみにしていたくらいです。『どうやって崖に行くんだろう』とか(笑)」
――基本的にはお任せしているのですね。
「そういう場合が多いですね。『Another』が実写映画化された時は、映画のスタッフにお任せしました。出来上がった『アナザー Another』には往年の角川青春映画っぽい香りがあって、あれはあれでよかったんじゃないかな。同時期に制作されたアニメ版は、原作に忠実に作っていただいていましたね」
「トリックに挑んだ成果を観て、拍手したくなりました」
――「十角館の殺人」の制作にあたっては、内片監督とどのようなお話をされましたか。
「こちらから要望としてお伝えしたのは、1986年という時代設定ですね。現代を舞台にしたほうが視聴者には入りやすいんじゃないか、という考えもあったようでしたが、中途半端にやってしまうと、ミステリとしてディテールを全部組み直さなければならない。さまざまな要素が緻密に機能している物語なので、一つを変えるとすべてが崩れてしまうんです。なので、時代設定は原作通りにしたほうがいいと強くお伝えしました」
――内片監督からはどのような提案がありましたか。
「監督からご提案いただいたのは『ドラマとして“主役”を立てたい』ということでした。原作は誰が主役と決めずに書いたんですが、映像化にあたっては主役を江南にしたうえで、島田とのバディ感を楽しく描きたいと。それを受けて僕のほうからは、江南の事件との関わり方や、最終的な顛末が原作と変わらないようにしてほしい、とお答えしました」
――原作の図面に忠実なセットがつくられましたが、実際のセットはご覧になりましたか?
「東映のスタジオに組まれたセットを見学に行きました。『原作の十角館を実際につくるとこうなるんだ』とうれしかったですね。原作通りに十角形のテーブル、コーヒーカップ、天窓とかもあって、さらにランプシェードもあったんです。そういった原作にない十角形のものが増えているのを見て、本気でつくってくれているな、という手応えを感じました」
――完成した本編をご覧になってどのように思われましたか。
「○(マル)だと思いますね。これは幸せな映像化だなと。効果を追求した、コロンブスの卵のような手法でトリックに挑んだ。映像監督の矜恃というものの成果を観て、拍手したくなりました」
取材・文/近藤亮太