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クローネンバーグ父子の作家性は似てくるのか!?それぞれの最新作『インフィニティ・プール』&『クライムズ・オブ・ザ・フューチャー』で検証してみた

コラム

クローネンバーグ父子の作家性は似てくるのか!?それぞれの最新作『インフィニティ・プール』&『クライムズ・オブ・ザ・フューチャー』で検証してみた

創作に思い悩む主人公

どちらの作品の主人公もアーティストという共通点があり、共に創作に対する不安を抱えているところも興味深い。『クライムズ・オブ・ザ・フューチャー』の主人公、ソール・テンサー(ヴィゴ・モーテンセン)は“加速進化症候群”を抱え、新しい臓器を体内で生成し続けることができる。この臓器をパートナーのカプリース(レア・セドゥ)による公開手術で切除するパフォーマンスが人気を博しているのだが、その生成ペースが落ちていることを気にしていた。

加速進化症候群のアーティストで新しい臓器を生みだすことができるソール・テンサー(『クライムズ・オブ・ザ・フューチャー』)
加速進化症候群のアーティストで新しい臓器を生みだすことができるソール・テンサー(『クライムズ・オブ・ザ・フューチャー』)[c] 2022 SPF (CRIMES) PRODUCTIONS INC. AND ARGONAUTS CRIMES PRODUCTIONS S.A. [c] Serendipity Point Films 2021

インフィニティ・プール』のジェームズ(アレクサンダー・スカルスガルド)の場合はかなり深刻。小説家で件のリゾートにはインスピレーションを求めてやって来たのだが、過去に出版できたのは一冊だけで、それも出版社を経営する妻の父親の力添えがあってのもの。批評家からの評価も散々で、執筆を続ける自信も喪失してしまっている。そんなジェームズの前に現れるのが、彼のファンを名乗るガビ(ミア・ゴス)だ。初めて出会ったファンの存在に色めき立つジェームズをリゾート地の外にあるビーチに誘うのだが、それが悪夢の始まりになってしまう。

スランプ中の小説家、ジェームズ(『インフィニティ・プール』)
スランプ中の小説家、ジェームズ(『インフィニティ・プール』)[c] 2022 Infinity (FFP) Movie Canada Inc., Infinity Squared KFT, Cetiri Film d.o.o. All Rights Reserved.

初めてのクローン生成とそれに刑が試行されるのを見守る経験をしたジェームズを、ガビは同じようにクローンに刑の身代わりになってもらっては自由奔放に振る舞うセレブたちのグループに招き入れる。抑えていた欲望が解放され楽しい時間を過ごすジェームズだったが、元々の精神的な弱さ、臆病さが表面化し、ガビから激しくなじられ、ありとあらゆる汚い言葉を投げかけられることに。

自身のクローンを生成することになったジェームズ(『インフィニティ・プール』)
自身のクローンを生成することになったジェームズ(『インフィニティ・プール』)[c] 2022 Infinity (FFP) Movie Canada Inc., Infinity Squared KFT, Cetiri Film d.o.o. All Rights Reserved.

ソールとカプリースが互いを支え、高め合っている関係性なのに対し、ジェームズにとってのガビはアメとムチを使い分ける軍隊のスパルタ教官のような苛烈さ。演じるアレクサンダー・スカルスガルドとミア・ゴスによる体当たりの怪演もあって、トラウマ級に精神的に追い込まれる感覚を追体験させられる。

ジェームズを苛烈に罵倒しながらも、聖母のような温かさで包み込むガビ(『インフィニティ・プール』)
ジェームズを苛烈に罵倒しながらも、聖母のような温かさで包み込むガビ(『インフィニティ・プール』)[c] 2022 Infinity (FFP) Movie Canada Inc., Infinity Squared KFT, Cetiri Film d.o.o. All Rights Reserved.

より過激なものを追い求める人間の性質


本来、人はグロテスクなものは避ける傾向にあると思うが、何度も目にすることでしだいに慣れていき、より刺激のあるものを求めてしまう。人類が痛みを失った『クライムズ・オブ・ザ・フューチャー』ではそれが顕著で、ソールたちが行う公開手術や、目と口を縫い付け全身にいくつもの耳を移植した“イヤーマン”のダンスパフォーマンスにも熱狂するほか、観客自身もナイフで体を切りつけ合いながら悦に浸っている。一方で、イヤーマンのパフォーマンスについて“過激なだけで中身がない”とも劇中で示唆。それでも大勢を集客することにソールらが一家言ありそうな姿勢を見せており、アートの在り方を問いかけているとも受け止められる。

ソールたちのパフォーマンスに魅了されていくティムリン(『クライムズ・オブ・ザ・フューチャー』)
ソールたちのパフォーマンスに魅了されていくティムリン(『クライムズ・オブ・ザ・フューチャー』)[c] 2022 SPF (CRIMES) PRODUCTIONS INC. AND ARGONAUTS CRIMES PRODUCTIONS S.A. [c] Serendipity Point Films 2021

『インフィニティ・プール』ではクローンに死刑が行われる有り様を本人も見届けなければならない。自分そっくりなクローンが柱に縛り付けられ、腹部をナイフで何度も刺される光景を当初は怯えながら見ていたジェームズだが、だんだんと目が離せなくなっていく。ナイフが刺さるたび大量の血があふれ、地面に溜まっていくなか、取り憑かれたように凝視するジェームズの姿からは、残酷なものを求めてしまう人間の矛盾した性質を感じさせる。

精神的に追い詰められ、後戻りできなくなっていくジェームズ(『インフィニティ・プール』)
精神的に追い詰められ、後戻りできなくなっていくジェームズ(『インフィニティ・プール』)[c] 2022 Infinity (FFP) Movie Canada Inc., Infinity Squared KFT, Cetiri Film d.o.o. All Rights Reserved.

こうして『インフィニティ・プール』と『クライムズ・オブ・ザ・フューチャー』と比較してみて感じるのは、それぞれのアプローチで倫理的なテーマに挑戦するクローネンバーグ父子のクリエイティブに対する真摯さ。時に反発を受けることも恐れず、描きたい作品を撮り続けるところに大勢が惹かれるのだろう。これからも2人が生みだす刺激的な世界を楽しみにしたい。

文/平尾嘉浩

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