人類は食物連鎖から“解放”されるのか?「秘密の森」シリーズ脚本家が手がけたSFサスペンスの野心作「支配種」が問うもの

コラム

人類は食物連鎖から“解放”されるのか?「秘密の森」シリーズ脚本家が手がけたSFサスペンスの野心作「支配種」が問うもの

戦地での傷を負ったボディガードと、妹の死を悔やむ企業家。二人のトラウマがシンクロする劇的なシークエンス

ジャユの警護で瀕死の重傷を負ったチェウンは、BFで蘇生手術を受けた自身の体に異変が起きていることに気づき、ジャユの真の目的を知る。ジャユは双子の妹をクロイツフェルト・ヤコブ病で失い、その原因が当時BSE(いわゆる狂牛病)が流行していた留学先で食べた牛肉にあると思っている(なおBSE牛とクロイツフェルト・ヤコブ病の関係について、日本の厚生労働省では実際の症例を元にBSE牛の頭数が最も多い国におけるリスクは他国より相対的に高いとしつつ、他の可能性も指摘している)。だからこそ「他の動物に命を委ねる人間は完全ではない」、〝完全なる支配種〟になるためBFを設立したのだった。そんなジャユを国務総理ソン・ウジェ(イ・ヒジュン)は利用し、BFの人工臓器技術を独占して不死の身体を得ようと企んでいる。

“不老不死”を望む総理ソン・ウジェにも、ある秘密があった
“不老不死”を望む総理ソン・ウジェにも、ある秘密があった[c]Disney+

第6話ではチェウンとジャユの心の交歓を思わせるシーンがある。チェウンはナチス将校に追われ続けた軍人が長くトラウマに苦しんだエピソードを例に取り、妹の死を克服してBFを設立したジャユの強さを認める。言外に、チェウン自身が今なお爆弾テロ事件の影に苦しんでいることがにじんでいるのだが、実はジャユもまた、妹を“生き返らせる”ことをずっと願っているのだと明かす。妹の身体を保存して、損傷した脳を人工的に作り出し、健康を取り戻した彼女とまた一緒に笑い合いたかった。そうした悔恨が、人工食物はもちろん、手足や臓器といった人工器官を目指す原動力になった。

“金儲けが目的の野心的な企業家”と揶揄されるジャユだったが…
“金儲けが目的の野心的な企業家”と揶揄されるジャユだったが…[c]Disney+

他方、軍人のチェウンは「最新技術とは常に兵器だった」と明かす。そして「不死身の者が、人工臓器を買えず死を待つ貧しい者を支配する世界が望ましいのか?」と静かに尋ねるチェウンに、ジャユは「不死身は突然変異。死ぬまで苦しまない身体が望ましい」と本心を語る。先端技術で生を生み出そうとし生命倫理を侵すジャユと、最新鋭の兵器で戦闘し、時に命を奪ってきたに違いないチェウン。人類の生死をめぐる営みの中で得た苦悩で、二人はシンクロしていく。BFの内部やジャユが使うAI秘書といった最先端技術を巧みに再現、ビジュアル化したプロダクションデザインにも目を見張るが、むしろこうした最新鋭の技術を持ってしても、人間の欲望や願いを満たすことは難しいことが暗に示される。このシークエンスだけでも、本シリーズの凄みが分かるのではないだろうか。

 チェウンもまたテロ事件で戦友を失うなど、心身に傷を抱えていた
チェウンもまたテロ事件で戦友を失うなど、心身に傷を抱えていた[c]Disney+


最新技術は、賢明で進化への苦悩を忘れない者ージャユのような人間ーが手にすれば救済の手段になりえるが、ソン・ウジェのような人間の手に渡ってしまえばたちまち分断、さらには殺戮の道具にもなる。 チェウンが戦地で携えた兵器がそうだったようにだ。生命倫理と人間の切実な願いの相克を描く「支配種」のテーマは現在進行形だ。赤ちゃんポストと未婚の母をテーマに描いた『ベイビー・ブローカー』(22)のように、既存の価値観を揺さぶる作品だ。時代が進み、再び人類が生と死の問題に立ち会ったとき、もう一度「支配種」に直面する瞬間が訪れるだろう。今からさほど遠くはない2025年12月という近未来を舞台にしているのもそのためだろう。

文/荒井 南

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