アルコ&ピース平子祐希、初の小説連載!「ピンキー☆キャッチ」第29回 収録直前
MOVIE WALKER PRESSの公式YouTubeチャンネルで映画番組「酒と平和と映画談義」に出演中のお笑いコンビ「アルコ&ピース」。そのネタ担当平子祐希が、MOVIE WALKER PRESSにて自身初の小説「ピンキー☆キャッチ」を連載中。第29回はピンキーの正体を公にする計画をメンバーと話す都筑だが…。
ピンキー☆キャッチ 第29回 収録直前
関東テレビへは防衛省からタクシーで20分で到着した。都築が小走りで楽屋に向かうと、ロビーで戸松が出迎えてくれた。
「戸松さん、大変申し訳ありませんでした」
「いえいえ、それより大変でしたね。時間はまだ余裕がありますから。お着替えやメイクもごゆっくりどうぞ」
腕時計を見ると10時15分になるところだ。収録は11時開始なので、そう急がずとも大丈夫だろう。
番組における男性出演者の入り時間は、収録予定時刻から60分〜90分前ほどで設定されることが多い。その中で着替えやメイク、事前の打ち合わせを済ます。これが女性となるとメイクに時間がかかることもあり、120分前の楽屋入りであることも少なくない。音楽番組のように動きやカメラや音響リハーサルが必要な収録では4〜5時間前などという場合もザラだ。
今日はトーク番組ではあるものの、メンバーの全員が出演ということで120分前の入り時間となっていた。そのおかげで遅れた都築にも十分な余裕があった。
楽屋に入るとメンバーがヘアメイクの最終仕上げをしてもらっていた。スタイリストとメイクは専属だが、外注でお願いをしている一般人なので、討伐に関する話は今は出来ない。都築も軽く程度のメイクを施してもらうと、「今後のスケジュールの確認をさせてくれ」とソファ席にメンバーを集めた。心得ているスタイリストとメイクはスッと楽屋から出て行った。
「なあ都築さん、あれホンマに水道管の不具合とちゃうの?」
「緊急連絡のメールが入ってるだろう。水道管云々というのは混乱防止の為の発表だ」
「だけどずっと『詳細は調査中』で、朝から更新されないですよ。ニュースで報道されてる情報以外私達も知らないもん」
「下手に刺激を与えたらどんな危険が及ぶか分からん。専門の機関が爆発物の有無や放射能の反応が無いかを慎重に調べてるんだ」
加えて都築はこの後の収録時に緊急の動きがあれば生放送に飛び入りする旨を、そして今後の活動の安全性を期すため、ピンキーの正体をオープンにする旨を伝えた。これには想像通り七海が疑問を呈してきた。
「オープンにするのはどんなメリットがあるんですか?」
「もちろんお前達の承諾を得られたらの話ではある。これから連中の攻撃が激しくなった場合を仮定すると『正体を隠しながらの討伐』という作業が手間になる。簡単に言えば詳らかにすることで戦いやすい環境を作るんだ」
「はい、そこまでは分かります。逆に起こり得るデメリットは?」
「もちろんプライバシーの問題、そして何より防衛省や国が主導のプロジェクトであるにも関わらず、こうして未成年を危険に巻き込んでいることも事実だ。そうした点も厳しく糾弾されるだろう、おそらく世界規模でだ」
「でもそんなのは私らが分かっててやってる事やし、それを言えば問題ないやろ?」
「うん、やり方次第では肯定派を増やすこともできると思う。アイドル活動をしてる私達が討伐をしてたっていうアニメ的要素は、むしろ協力体制を促す武器にもなる。むしろ日本よりも海外の方が先導しやすいかもね」
「まあまだどうなるか予測はつかないが」
「都築さん、私たちは大丈夫よ。色々なリスクも承知した上での活動だもん。誰に何言われたって、あくまでも防衛活動なんだから。ねぇ」
鈴香が同意を求めると、二人も大きく頷いた。
ふいにドアがノックされ、慌てて声を潜める。
「まもなく収録となります、スタジオまでお願いします!」
戸松に案内され、Cスタジオへ移動した。隣のDスタジオではいつものように『ジャパンワイド』が生放送されている。防音の分厚い扉は閉められているが、番組名を記した札と、生放送中の赤いランプが灯っていた。
出演者は前室に集まり、そこここで雑談を交わしていた。リミテッドでMCを務めるピン芸人の中川清太が、各溜まりを移動しては明るく声をかけている。都築はメンバーを集め念を押した。
「さっきの話だが、緊急の連絡が入ったら俺が全て主導する。みんなはとりあえず横にいてくれればいい」
「なんで?そん時は私らも一言コメントしたいわ」
「最近は何気ない一言でも歪曲されて、無意味に火種にされることが多い。記者会見は別日で設けなきゃならないだろうから、とりあえず今日は大人しくしてくれ」
「お〜!ピンキーお疲れ!」
中川がこちらへ手を振りながら近付いてきた。
「中川さん、マネージャーの都築です。不慣れですのでご迷惑をかけてしまうと思うのですが」
「とんでもない!こちらこそ無理な企画を押し付けちゃいました。せっかくなんで最後まで楽しく遊んでってください!」
人柄の良さが評判の中川は、もう50を少し超えた歳だが、番組が途切れる様子がない。昔雑誌のインタビューで『視聴者はバカじゃない。演者が楽しそうにしているか、さも楽しそうに演じているかの違いなんてすぐにバレてしまう。僕はみんなが心から楽しく出られる番組作りの歯車の一つなんです』そう答えていたのをよく覚えている。雑誌用のリップサービスだろうと思っていたが、実際に関わるようになるとその気配りの細やかさに驚かされた。収録前後ではムスッと不機嫌そうにふんぞり返る大御所も少なくない。しかし中川はこうしたカメラが回っていない場でも、出演者がリラックスできるように心がけてくれる。だからこそ余計に、収録を止めてしまう事態になりえる状況が心苦しかった。
スタジオでは観覧客を盛り上げる為の、若手の前説が佳境を迎えていた。まもなく中へ呼び込まれるだろうと準備を整えていると、仕事用のスマホのバイブレーションが鳴った。着信画面には吉崎の名前が点滅している。小走りで喧騒から少し距離をとり、通話を押した。
「はい都築です」
「ギリギリに悪いな、まだ収録前か?」
「はい、でももう間も無くです」
「そうか、今周りに人はいないか?」
「はい、ここは大丈夫です。どうかしましたか?」
「落ち着いて聞いてくれ・・・・ 例の突起に、変化が起きたんだ!」
(つづく)
文/平子祐希
1978年生まれ、福島県出身。お笑いコンビ「アルコ&ピース」のネタ担当。相方は酒井健太。漫才とコントを偏りなく制作する実力派。TVのバラエティからラジオ、俳優、執筆業などマルチに活躍。MOVIE WALKER PRESS公式YouTubeチャンネルでは映画番組「酒と平和と映画談義」も連載中。著書に「今夜も嫁を口説こうか」(扶桑社刊)がある。