ギリアム監督、製作中止の危機乗り切るケンカ上等のヒッピー魂
テリー・ギリアム監督と言えば、度重なるハリウッド・スタジオとのケンカで名高い。1985年の『未来世紀ブラジル』ではラストシーンをめぐってユニバーサルスタジオともめ、業界誌に「いつになったら公開してくれるんだ」という広告を出したり、『バロン』(89)や『ブラザーズ・グリム』(05)では最終編集権(ファイナル・カット)について製作会社と争ったりした、ケンカ上等監督だ。
2005年の『ローズ・イン・タイドランド』では自らプラカードをぶら下げ町に出て、アメリカ公開を渋る配給会社をつるし上げるなど、武勇伝には事欠かない。『未来世紀ブラジル』の騒動は「バトル・オブ・ブラジル」という本になっているほどだ。
1月23日(土)に公開される『Dr.パルナサスの鏡』では、主役ヒース・レジャーの急死という危機に直面したが、ギリアム監督にとっては主役の災厄も初めてではない。『The Man Who Killed Don Quixote』(原題)では、セットが洪水で流されるという災難の後、主役ドン・キホーテ役のジャン・ロシュフォールが椎間板ヘルニアで馬に乗れなくなり、とうとう撮影開始数日後に製作中止になった。
そして、この製作が暗礁に乗り上げた模様は、ドキュメンタリー映画『ロスト・イン・ラ・マンチャ』(02)として公開された。とは言え、この企画はギリアム監督も何とかして再開したいと、一度手放した脚本を買い戻し、資金調達に動いているところだという。ドン・キホーテ役にロバート・デュバル、サンチョ・パンサ役にジョニー・デップという布陣で進められる予定だ。
実のところ、ギリアム監督の作品は何の問題もなく完成する方が奇跡なのではないかと思われるほどトラブルが多い。止めどなくあふれるアイデアをビジュアル化するために製作費が膨れ上がり、完璧主義のためスケジュールが伸びていく。自身のビジョンを貫くために、最終編集権を奪おうとするスタジオ側とケンカする。それでも名だたるスターがもう一皮むいてもらいたいとギリアム監督の作品に出たがり、多くのファンが新作の公開を待ち望んでいる。これはひとえにギリアム監督のたぐいまれな才能に心酔する人が多いからだ。
パロディー漫画家でありアニメーターでもあるギリアム監督は、中世絵画からポップ・アートまでさまざまなスタイルの美術に通じている。それらにひねりを加えて作り上げるビジュアルのユニークさは当代随一。常識やリアルさに捕らわれないストーリー・テリングも実に巧みだ。あえて比べるならば、やはりアニメーター出身のティム・バートン監督が並ぶくらいか。しかし、オタクっぽいバートン監督に対して、元ヒッピーのギリアム監督は権威を笑い飛ばす反逆精神が信条。金儲けのために妥協なぞしたくない、ケンカ上等、受けて立つ!という人なのである。
こんなギリアム監督を親友と慕うジョニー・デップが、『ブラザーズ・グリム』で共演する予定もあったヒースのためにもと馳せ参じ、危機を救った『Dr.パルナソスの鏡』。その完成は、ファンだけではなく天国のヒース・レジャーも喜ばせたに違いない。【シネマアナリスト/まつかわゆま】