「杏の人生に思いを馳せてくれたらうれしい」入江悠監督&河合優実が覚悟を持って挑んだ『あんのこと』

インタビュー

「杏の人生に思いを馳せてくれたらうれしい」入江悠監督&河合優実が覚悟を持って挑んだ『あんのこと』

「河合さんは表舞台に出てくる人だと思っていた」(入江)

仕事や勉強に励み、杏の人生に光がさしたのも束の間、世の中はコロナ禍に突入していく
仕事や勉強に励み、杏の人生に光がさしたのも束の間、世の中はコロナ禍に突入していく[c] 2023 『あんのこと』製作委員会

――本作を通して、河合さんの魅力を実感したできごとはありますか。

入江「撮影中に具体的な話をした記憶はなく、僕はただじっと見ていた感じなんですが、河合さんは気を緩める瞬間がなかったように思います。ずっと杏に寄り添い続けていました。演技のうまい人はたくさんいるし、皆さん努力をしているのですが、僕が本当にすごいなと思うのは、正しくアプローチをできる人だと思っていて。河合さんを見ていると、ここまで真摯に向き合うんだと驚かされます」

――河合さんが10代のころにお会いしたという入江監督ですが、近年の河合さんの快進撃もうなずけるところが多いでしょうか。また次回ご一緒するとしたら、どのような役を演じてほしいと思いますか。

入江「僕は演技がうまい人は100パーセント(表舞台に)出てくると思っているので、まったく意外ではありませんでした。やはり監督も俳優もそうなんですが、歳を取るとだんだん自分の型のようなものができてきて、よくも悪くも目的にたどり着くスピードが速くなってくる。今回はそのギリギリのタイミングで、河合さんとお仕事をすることができたなと思っています。だからこそ、これだけ悩みながら、近道をせずに杏にアプローチをしてもらえたんだろうなと。もし次にまたご一緒できるとしたら、型ができて、その型の壊し方で悩んでいる時に出会いたいなと思います。経験値ができてくると、それを崩すのはとても難しいことですから。本作に出演していただいた佐藤二朗さんを見ていても、いろいろなものを壊そうとしているのを感じて。その姿勢がとても勉強になりました」

――河合さんは、ドラマ「不適切にもほどがある!」の純子役でお茶の間にもその名を轟かせました。『ナミビアの砂漠』(24年公開)ではカンヌ国際映画祭のワールドプレミアにも参加されるなど、話題作への出演が続いている現状についてどのように感じていますか?

話題作への出演が続く河合優実。現状への想いや、今後の展望を告白
話題作への出演が続く河合優実。現状への想いや、今後の展望を告白撮影/河内彩

河合「いろいろなものに出演をさせていただいて、そこであらゆる反響があって私に注目してもらえたという意味では、『河合優実が出ている』ということをきっかけに作品を観てくださる方がいるとしたらすごくうれしいことだなと思います。まったく違う層の方がご覧になる作品同士がつながることこそが、それぞれの作品にとってとても良いことだなと思います」

――河合さんの映画デビュー作『よどみなく、やまない』(19)から、約5年が経ちました。そのなかで変化を感じていることはありますか。

河合「いつも目の前のことを一生懸命にやっていて、それが次につながってきたように思います。もともと私はダンスが好きで、そこからお芝居に興味を持ちました。自分の性質として、パフォーマンスをすることが楽しい、芸を披露することが好きだという想いでやっていましたが、その想いしかなかったものが、誰かに物語を届けることや、私はどのように作品に関わりたいのかという方向に興味が変わってきた感覚があります。“演じることが楽しい”という想いが根底にありながら、自分が楽しいだけではなく、現場で過ごす時間や、ものづくりの過程全体を楽しむようになりました」

――ものづくりの良さを実感する日々のようですね。入江監督も常に新たなチャレンジを続けて、作品を生みだしています。今後公開となる『室町無頼』(2025年1月17日公開)もそうですが、社会の片隅で必死に生きる人に光をあてる作品を多く撮られています。そういったテーマに惹かれる原点がありましたら、お聞かせください。

河合優実が、底辺から抜け出そうともがく主人公の杏を演じた『あんのこと』
河合優実が、底辺から抜け出そうともがく主人公の杏を演じた『あんのこと』[c] 2023 『あんのこと』製作委員会

入江「なぜだか僕は、もがいている人にすごく惹かれるんですよね。自分自身も、20代の時にすごくもがいていたという経験が原点になっているのかもしれません。当時はそこまで社会が貧しくなかったのでなんとか生きていけましたが、やっぱりそれなりに貧乏で。映画の世界を志したものの、どこに光が見えるのかまったくわかりませんでした。20代はそういった状態が続いたので、底辺でもがいている人にとても共感するのかなと思います」


――もがいたとしても映画作りを続けてきたからこそ、いまがあるのですね。

入江「でも決して、苦しくはなかったんです。家賃を滞納したりと大変ではありましたが(笑)、それでも映画を作ることはやっぱり楽しくて。大変でもがいているけれど、それでも映画を撮りたい。世の中の映画監督、もしかしたら俳優も全員、そういう人たちじゃないかなという気もしています。いまとなっては、そういった20代があったことはとてもよかったなと思っています。光が当たらない時期というのは長くてしんどいものですが、無駄ではなかったなと。そういう時期があったからこそ、大変な状況にいる人に共感したり、社会の歪みや問題点に少しは気づくことができたかもしれないと思います」

――もがいた経験があるからこそ見えるものは、きっとあるはずだと感じます。河合さんは現在、23歳です。20代をどのように過ごしていきたいと思っていますか?

河合「私も、監督のおっしゃった『もがいていたけれど、苦しくはない。楽しかった』という気持ちは、とてもよくわかるなと思います。私はいま、お仕事が続いてとてもありがたい状況ではありますが、作品に向かううえで迷うことだってあるし、もがくこともあります。でもやっぱり、それでも楽しい。これからもいろいろなことが起きると思いますし、忙しくてそれを忘れてしまう人もたくさんいるかもしれせんが、楽しんでいられる心を忘れずに過ごしていきたいです」

取材・文/成田おり枝

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