「杏の人生に思いを馳せてくれたらうれしい」入江悠監督&河合優実が覚悟を持って挑んだ『あんのこと』
「彼女の生き方について知れば知るほど、前向きな力を感じた」(河合)
――本作を観ていると、映画は誰かに寄り添うことができるものだと感じます。お二人が本作を通して映画の力や、ものづくりの意味について、改めて感じたことはありますか?
河合「(この映画を通して)その答えをずっと見つけようとしていました。新聞記事やテレビのニュースで見ただけなら忘れてしまっていたかもしれない出来事が、映画で観たら深く心に残るということもあると思います。“遺す”ということだけが映画のできることではないと思いますが、本作を観てくださった方が、『2020年にこういうことがあったんだ。杏という人が前に進もうと一生懸命に生きていたんだ』ということを忘れないでいてくれたら、映画にした意味があるのかなと思います。私自身、彼女の生き方について知れば知るほど、懸命に生きる前向きな力を感じていました。また撮影中には『杏と近いような境遇にいる人は、映画にもたどり着けないかもしれない。あなたたちの映画だよ、と言いたい方には届かないかもしれない』と話していたんですが、だからこそ杏が同じ街や電車にいるかもしれないと、そういう人の人生に思いを馳せたり、想像してくたらうれしいなと思っています」
入江「映画を観ているとエネルギーをもらえたりしますよね。僕自身、だからこそこの仕事に就きたいなと思いました。そんななか本作を通して感じたのは、“語る力”です。杏のモデルになった方に思いを馳せる時間がとても大事だったなと思っていて。撮影前にも、監督と主演という立場で河合さんとコミュニケーションを取っていましたが、それはずっと杏について語っている時間だったんですね。これから観客と映画のコミュニケーションが始まって、そこからも語り続けることができる。それは大きな力だと言えるのではないかなと思います。やはりいま、時代はどんどん速く流れていって、みんながいろいろなことを忘却していきます。でも忘れないでいたいことはあるし、コロナウイルスが原因ではなかったとしても、僕はコロナ禍のように、きっとまた社会全体が息苦しくなるような瞬間があるのではないかと思うんです。僕自身、脚本を練りながらコロナ禍における人と人とのつながりについて改めて考えて、次にもし同じような状態が起きたら、2020年にはできなかった行動を起こしたいと思ったりもしました。そうやって映画を通して新たな気づきを得ることもあるのではないかと感じています」
――過酷な状況のなか懸命に生きた、ある女性の人生を映しだした渾身作を完成させたお二人。お二人の出会いについて、教えてください。
入江「河合さんはまだ10代だったと思うのですが、そのころに演技のワークショップでお会いしました。あのころはもう、なにか作品に出ていたんでしょうか」
河合「まだ出ていないころだと思います」
入江「その時からすでに光るものがあって、センスがいいなと思っていたんですが、ワークショップの帰り道がたまたま同じで。電車で一緒に帰ることになった時に、河合さんが急に自分の生い立ちについて話を始めたんですよ。誰も聞いていないのに(笑)」
河合「ええ!全然覚えていないです(笑)」
入江「人懐っこいというか、なんだか僕はその感じがちょっと本作の杏に似ているなと思っていて。その時のことをすごくよく覚えています」
河合「もしいまの私が監督と出会って、帰りの電車が一緒になっても自分の身の上話はしないかもしれないですよね。その時の自分の奔放さなのかもしれないですし…恐らくわかり合おうとして自己開示をしたんだと思います。わかり合おうとするという意味では、本作では、脚本をもらって、衣装合わせをして、撮影をして…というだけではなく、撮影前に監督とコミュニケーションを取る時間を多く持つことができました。そういった時間はとても必要なもので、これからもそうやって諦めずに力を尽くしていきたいなと思いました」