奈緒、『先生の白い嘘』初日舞台挨拶で誠実に語った希望と葛藤「自分が伝えたいことを、自分の言葉として届ける」猪狩蒼弥の“決意”に涙も
鳥飼茜の同名コミックを実写映画化した『先生の白い嘘』の公開初日舞台挨拶が7月5日に丸の内ピカデリーで開催され、奈緒、猪狩蒼弥、三吉彩花、風間俊介、三木康一郎監督が出席。奈緒からインティマシーコーディネーター起用の要望があったが、「入れない方法論を選んだ」と発言した三木監督のインタビューが物議を醸していた本作。奈緒は「私は大丈夫です」と背筋を伸ばして笑顔。「『なんでも言っていいです』と言われたので、自分が伝えたいことを、自分の言葉としてちゃんと届けようと思ってここに来ました」と、本作に込めた真摯な胸の内を語った。
本作は、ひとりの女性が抱える“自らの性に対する矛盾した感情”や、男女間に存在する“性の格差”に向き合う姿を描くことで、人の根底にある醜さと美しさを映しだしたヒューマンドラマ。舞台挨拶の冒頭には、プロデューサーが登壇。製作委員会を代表して、これまでの経緯を説明した。
プロデューサーは「本作の制作にあたり、出演者側からインティマシーコーディネーター起用の要望を受け、制作チームで検討いたしましたが、撮影当時は日本での事例も少なく、出演者事務所や監督と話し合い、第三者を介さずに直接コミュニケーションを取って撮影するという選択をいたしました。インティマシーシーンの撮影時は絵コンテによる事前説明を行い、撮影カメラマンは女性が務め、男性スタッフが退出するなど細心の注意を払い、不安があれば女性プロデューサーや女性スタッフが伺いますとお話をしていたので、配慮ができていると判断していました」とし、「この度、さまざまなご意見、ご批判をいただいたことを受け、これまで私どもの認識が誤っていたことをご報告を申し上げると共に、製作陣一同、配慮が十分ではなかったことに対し深く反省をしています」と観客や原作者、キャスト、スタッフに謝罪をした。
続いて、キャストと三木監督が拍手に包まれながらステージに上がり、まずは三木監督が「私の不用意な発言により、皆様に多大なるご迷惑とご心配をおかけしたことを、この場を借りて謝罪したいと思います」と頭を下げた。続けて「関係者、スタッフ、キャストにも大きな苦しみを与えてしまったこと。この場で謝罪したいと思います。本当に申し訳ありませんでした。鳥飼茜先生、この作品に尽力していただいたにも関わらず、裏切るような形になってしまい本当に申し訳ありませんでした」と各所に対してお詫びの言葉を述べた。
緊張感あふれる舞台挨拶の幕開けとなり、主人公である高校教師の原美鈴役を演じた奈緒は「皆さん、お気持ちは大丈夫でしょうか」と上映後の会場に語りかけ、「いまここに登壇しているみんなも、大丈夫?三木さんも」と周囲にも気配り。「私は大丈夫です。それだけは絶対に伝えようと思っていました」と柔らかな笑顔を見せた。美鈴が担任するクラスの男子生徒の新妻祐希役を演じる、HiHi Jetsの猪狩は「僕も大丈夫です」と続き、これまではどちらかというと、エンタメ要素の強いドラマや舞台に参加してきたことに言及。「『先生の白い嘘』に関しては、僕が演じることがゴールではないというか。この作品を通して新妻の叫びや先生の叫びなど、普通に生きていたらいろいろな人のところに届かない声が、いろいろな方のところに届いて、そこで初めて自分が携わらせていただいた意義が生まれるのかなと思っています」と思いを巡らせ、「奈緒さんの強さに支えていただきながら、僕も精一杯、頑張って演じた」と力を込めていた。
また奈緒は「今日、ここに来るまでいろいろな葛藤があった」と素直な胸の内を吐露。「昨日から鳥飼先生とお話をしなくてはという気持ちがすごくあったので、許されることかはわからなかったですが、自己判断で鳥飼先生と直接ご連絡を取らせていただいて、お会いしてお話をした」と明かす。「それまでは自分がここでどうやって立ったらいいかなと思っていたんですが、この映画を作っている時にも、原作に支えられていた部分が大きい」と原作の力を噛み締め、少しでも観客にその魅力が伝わればうれしいと思っていたそうで、「先生ともお話をして感じたのは、この作品を観た時に『とても力強い映画になっている』と感じたこと。現場のみんなで乗り越えたいろいろな大変なシーンを思いだしながら、こうやって形になったんだと、自分が思った以上にすごくうれしかったです」と完成作に胸を張った。
同じく完成作を観た時の印象を振り返った猪狩は、「こんな形になるんだという感動があった。その時の記憶が鮮明に甦ったり、これが演じるということ、作品をつくることなのかと感じた」と役者としての実感を味わった様子。演技についてわからないことも多かったという猪狩だが、クランクイン前に奈緒と話す機会があり、そのことを正直に打ち明けたという。
「奈緒さんが『この作品を撮り終わった時に、また猪狩くんが演技をやりたいと思ってくれたら、私のなかでそれが一番だよ』と言ってくださった」と奈緒からもらった言葉を回想し、「ちゃんと僕、言えていなかったんですが、演技をまたやりたいです。本当に」とキッパリ。願いが叶った形となった奈緒がその言葉に涙を浮かべるなか、猪狩は「撮影期間で積みあげたものが形になって、いろいろな人の気持ちや情熱が乗っかって、いろいろな人のところに届いて、それが半永久的に残り続ける。こんなにすばらしいことはない。難しいテーマではありましたが、本当に楽しい撮影期間でした。いろいろなことがありますが、率直に僕はこの作品が公開されたことが心からうれしいです」と告げ、奈緒は「ありがとう」と声を震わせて感謝。2人のやり取りに、会場からは温かな拍手が上がっていた。美鈴の親友である渕野美奈子役を演じた三吉も「ステキな言葉」と胸を打たれ、美奈子の婚約者の早藤役を演じた風間は「役者として、人間として、正しくありたいと願った奈緒さんのもと、みんながその信念を共有してつくりあげることができた」と奈緒が本作を引っ張り続けたと敬意を表していた。
また、原作者の鳥飼からコメントが届く場面もあった。まず、コメントには「漫画が映像化するということは、基本的には光栄なことだ。それでも自分は、自分の描いた作品に無責任すぎたのかもしれないと思う」と始まり、「こんな原作がなんぼのもんじゃと言われるかもしれないが、なんぼのもんじゃと私だけは言ってはいけなかったと思う。自分だけは自分のかつての若い、なまものの憤りを守り通さねばならなかった。撮影に際して、参加する役者さんからスタッフに至るまで、この物語が表現しようとしているすべてに、個人的な恐怖心や圧力を感じることはないかどうか。性的なシーンや暴力的なシーンが続くなかで、彼ら全員が抑圧される箇所がないかどうか。漫画で、線と文字で表現する以上の壮絶さが伴うはずだったことに、私は原作者としてノータッチの姿勢を貫いてしまった。この責任を強く感じるに至り、完成した後出しで大変恐縮ではあったが、センシティブなシーンの撮影についての事細かな説明を求め、応じてもらった。一応のところ安心はしたものの、やはりあらゆる意味で遅すぎたし、甘かったと思う。もっともっと強く懸念して、念入りに共通確認を取りながら、繊細に進めなくてはいけない。そういう原作だった」という昨年時点で記した後悔の念が綴られていた。
そしてコメントは、こう続いた。「最大限の配慮や、共通理解を徹底して作るべき作品であること。映画製作側へ都度都度、働きかけることを私が途中で諦めてしまったことを猛省したのは、主演の奈緒さんの態度に心を打たれたからです。個人的な感想ですが、この映画製作において一番強かったのは奈緒さんです。彼女はこの騒動で、誰よりも先駆けて私に謝罪をされました。現場で一番厳しい場面と、すばらしいまでに誠実に対峙した奈緒さんがです。心遣いに感心したと同時に、謝罪なんて必要ないのにと、心から申し訳なく思いました。なにより、映画のなかの主人公としての演技がすばらしかったのです。現実でも虚構でも、彼女は誠実そのものでした。感謝していますし、彼女が望むなら、たくさんの人にそのすばらしさを観てもらい、わかっていただければ、私自身反省もしたうえで、これ以上のことはありません」と原作者としても奈緒の誠実さに感銘を受けつつ、スクリーンに刻まれた美鈴としての姿を称えていた。
最後の挨拶で、三木監督は「自分も襟をしっかりと正して、この作品で感じたことを教訓にして、しっかり顔をあげて前に進んでいきたい」と宣言。風間は「全員が、責任を伴う作品だと思って臨んだ作品。誰かの希望や、誰かの明日を変える作品になったら幸せ」と会場を見渡し、三吉は、真摯に作品に向き合う奈緒から「勇気をもらった」としみじみ。
公開を迎えるにあたって原作を読み返したという猪狩は、「普通に生きていたら目を向けないことに切り込んでいけること」もエンタテインメントの特権だと持論を展開し、「自分の人生に没頭していたら、関係ない人には関係ないままで終わってしまうテーマ。目を逸らしたくなってしまうテーマかもしれない。それをエンタテインメントという土台に乗せて、本来なら触れなかった人のもとに届けられる。この職業に就けて本当によかった。“誰かに届ける”という熱い思いを持って、この作品に挑めたことを本当にうれしく思いました」と力強く語った。
「原作に心から惚れ込み、この作品に出演することを自分で決めました」と切りだした奈緒は、「そのなかでいろいろなやり取りがあり、すれ違いがあったことも事実です。でも私は権力に屈するようなことは一切なく、対等な関係で監督ともお話をしましたし、言いたいことは伝えました。伝えたうえで、どうしても現場に対してちょっと不十分だと思う部分が正直ありました。対等な現場ではありましたので、私のことを心配してくださってる声も届いていますが、それは大丈夫ですとお伝えしたい」とメッセージ。「こういったテーマに触れることもそうですし、自分の胸に手を当てて『本当に私は大丈夫だろうか、人を傷つけることはしていないだろうか』と問い続けなければ、この作品もつくれませんでした。きっとそれは人同士が共存していくうえで大切なことなんじゃないかと、私はこの作品から学びました。私はこれから、そうやって生きていこうと思っています」と意気込みながら、「どんなにきれいな川にもよどみは起きます。すべての人が、自分で自分を守れる。誰かが悲しんでいたら、手を差し伸べられる。そういうよどみのないきれいな川を、私は諦めずに目指したいと思います」と思いやりを持ち生きていきたいと、本作で得た学びを口にしつつ前を向き、大きな拍手を浴びていた。
取材・文/成田おり枝