クセのある楽曲が耳から離れない!『密輸 1970』を輝かせる、レトロな韓国歌謡曲とチャン・ギハの劇伴
クライマックスの戦いを盛り上げるように響きわたる太鼓の音
前述したとおり、チャン・ギハの音楽には韓国の昔の大衆音楽の要素が欠かせない。なかでも大きな部分を占めるのがロックだ。60年代前半に始まったとされる韓国のロックは、公演・放送に対する国の厳しいチェックや1975年に行われた歌謡浄化対策などにより、長い間アンダーグラウンドなポジションを強いられていた。しかしながら、70年代後半にサヌリムとソンゴルメという2大バンドが登場したあたりから徐々に好転。どちらも人懐こいメロディだが、骨太でゆったりとした演奏が持ち味のサヌリム、パワフルなロックが得意なソンゴルメと異なるサウンドで人気を集め、ロックのファン層の拡大に貢献した。チャン・ギハは以上のような歴史が生んだ名曲の数々を愛しつつ、当時のフォークやバラードの牧歌的な味わいや歌謡曲の華やかさにも影響を受けてきたわけで、となれば『密輸 1970』を引き受けるにあたって何ら迷いはなかったと推測される。
エレキギターによるファンキーなカッティングで、海中に沈んでいる密輸品を回収する海女たちの躍動感や企みを表現したり、久しぶりにチュンジャとジンスクが話をする場面ではブルージーでスカスカな演奏で緊迫した雰囲気を作り出したりと、初の音楽監督作品にもかかわらず、誰にも遠慮せずに自分らしさを思う存分発揮するチャン・ギハは、やはり凄いとしか言いようがない。特によく出来ていると思ったのが、クライマックスで流れるBGMである。最後の戦いを盛り上げるように太鼓の音が鳴り響くが、どことなく香港映画『少林サッカー』(01)のテーマソングに似ているのが面白い。ちなみにその場面に登場する船の名前は「猛龍」。少林拳を連想させるものであり、だからこそこういうアレンジにしたのかもしれない。
昔懐かしい韓国歌謡とチャン・ギハが制作したクセのあるインストゥルメンタル。この2つのサウンドトラックがこれ以上ないほど映像に寄り添った『密輸 1970』は、おそらく日本でも好意的に迎えられるだろう。さらに個人的ではあるものの、お隣の国らしいノリを理解する人も増えることが少しだけ期待している。うれしいときはもちろん、悲しみのどん底にいても感じられる勢いと生命力の強さ、湿っぽい歌詞なのにグルーヴィなアレンジ。リュ・スンワン監督はこうした韓国人ならではのコクと旨味もアピールしたかったと見ているのだが、実際はどうなのだろうか。もし本人に取材する機会があれば確認してみたいところだ。
文/まつもとたくお