山田尚子監督が『きみの色』に込めた“希望の光”とアニメーション監督としての“これから”
「吉田玲子さんが、『手放す勇気も大事だよ』といつも教えてくれる」
劇中では、ルイが「僕たちは“好き”と秘密を共有しているんだ」とトツ子&きみと過ごす時間の特別さを噛み締める瞬間がある。観客にとっても、独創的な映像表現を介して、登場人物たちの生きる世界や味わう感覚を共有できることは、アニメーションならではの醍醐味だろう。トツ子が恋に落ちている人を目の当たりにするシーンも圧巻で、「トツ子にはこんな色が見えているのか」と胸を鷲づかみにされること必至だ。
同シーンに込めたのは、「まだ恋というものを経験していないトツ子にとって、めまいがするような色が見えたのではないかと考えました。言葉として認知できていないものを表現したいなと思っていました」と明かす山田監督にとって、いま感じているアニメーションに取り組むおもしろさは「いい意味での嘘をつけること」だという。「なんでも描けるし、なんでも作れるし、どんな色にしてもいい。自由自在、変幻自在というところが魅力的だと思っています。これからもまだまだ勉強していきたいし、いろいろな表現に出会いたいと思っています」と限りない可能性にチャレンジしている。
軽音部の面々の卒業旅行を見つめた『映画けいおん!』、ガキ大将だった少年と聴覚障害のある少女の心の交流をつづった『映画 聲の形』、進路と選択によって巻き起こる高校生の葛藤を映しだした『たまこラブストーリー』(14)や『リズと青い鳥』など、山田監督の作品からは、あらゆる変化に戸惑いながらも、一歩踏みだそうとする人たちの美しさが滲み出ている。
幼少期について「ホラー漫画が好きで、お化けなどに『かわいい』と胸がときめくような子どもでした。光あふれるものよりも、じっとりしたものに惹かれていました」と笑いながら回想した山田監督だが、希望や温かさを感じる作風の原点について「おそらく、自分に欠けているものや、憧れているものを描いている気がします」と告白。「私は変化を受け入れたり、手に入れたものを手放す勇気をなかなか持てないところがあって。『手放さないよ』とネバネバした手で沼に引きずり込もうとしてしまう。(鎧塚)みぞれの気持ちがわかりすぎる」と『リズと青い鳥』の登場人物と重ね合わせながら微笑みつつ、「いろいろなものを手放せないでいる私に、吉田玲子さんが『手放す勇気も大事だよ』といつも教えてくれるような気がしています。私はずっと、吉田さんに背中を押されている」と励まされながら、作品づくりに挑んでいるという。
音楽を担当した牛尾は、山田監督について「泥のなかを七転八倒するようにものづくりをする方」だと話している。七転八倒しながらも作品に向かう原動力とは、一体どのようなものなのだろうか。
「私はすごく人を信じるタイプなので」と切りだした山田監督は、「とにかくスタッフの方々に信頼を置いて、作品に取り組んでいます。スタッフの皆さんが経験やアイデアを持ち寄って前のめりになって作品に向き合ってくださる姿をみては自分も頑張らねば!と気持ちを引き締めていました」としみじみ。トツ子たちが音楽によってつながっていくのと同様に、たくさんの愛情を持ち寄りながら、作品を通していろいろな人とつながれることが自身にとって大きな喜びとなっている。
続けて「作品づくりは、人について思慮深く考えるきっかけにもなっています」とも。「作品づくりを通して、過去の後悔を少しでも昇華していける道があるのかもしれない。登場人物からいろいろなものの見方を教えてもらいながら、自分も少しずつ豊かな心を作っていけたらいいなと思います。なんだか修行のようですが、この先も作品をずっとつくり続けていきたい。続けていけるように頑張ります」と柔らかな笑顔を浮かべながら、決意を握りしめる。誠実さと愛情がたっぷりと注がれているからこそ、山田監督の作品はまぶしいほどにきらめいているのだろう。
取材・文/成田おり枝
※高石あかりの「高」は、「はしごだか」が正式表記