ドバドバの血糊とホラーオマージュで埋め尽くす…「スクリーム」を復活させた“レディオ・サイレンス”を知っているか?
吸血鬼の少女と誘拐犯との壮絶な死闘を描く『アビゲイル』(公開中)。本作を制作したのは、メガホンを務めたマット・ベティネッリ=オルピン&タイラー・ジレット、そしてプロデューサーのチャド・ヴィレラが創設した“レディオ・サイレンス”だ。本稿ではリブート版「スクリーム」もメガヒットさせ、独創的な設定や表現でいま世界中のホラーファンが注目するプロダクション“レディオ・サイレンス”について解説していこう。
大ヒット作を生みだす映像制作集団、スタートはYouTubeから
マットとロブと名乗る2人組が、ヘラヘラと笑いながらグレイ型エイリアンを模したサングラスをかけ、「俺たちの友達、チャドはエイリアンが大嫌いなんだ!アイツはいま、寝てるからドッキリを仕掛けてやる!」と寝室に飛び込む。夜中にたたき起こされたうえに、マットとロブをグレイと勘違いしたチャドはビビり散らかす。5日後、今度はシャワー中のチャドを狙う2人。再びドッキリは大成功し、手近にあったテーブルに頭を打つけてロブは卒倒する。3週間後、再び寝込みを襲う2人。だが、寝室に飛び込んだマットとロブを待ち受けていたのは本物のグレイ。騒ぎを聞きつけて起きたチャドは「またイタズラか!」とブチ切れて、エイリアンを拳でボコボコに殴り倒し、返り血を浴びながら銃を持ち出し、あらん限りの弾丸をブチ込む。
これはYouTubeチャンネル「chadmattandrob」で再生回数3500万回を誇る一番人気の動画「Roommate Alien Prank Goes Bad」だ。「chadmattandrob」は、ジョークが唐突にシリアスな展開を見せる動画ばかりをアップしているチャンネル“だった”。なぜ過去形か?いま、マット、ロブ、チャドの3人は、映画制作会社レディオ・サイレンス(Radio Silence)を運営し映画制作に勤しんでいるため、更新が止まってしまっているのだ。最後の投稿は彼らの出世作、『レディ・オア・ノット』(19)の予告編となっている。
『レディ・オア・ノット』は、主演のサマラ・ウィーヴィングの絶叫演技の評判が高い、笑いと血糊に満ちたファンの多い作品だ。レディオ・サイレンスはリブート版「スクリーム」、そして最新作『アビゲイル』と評価の高い作品を次々と打ち出しているが、源流は“YouTuberスタイル“のブラックジョークの効いた短編にある。
それはレディオ・サイレンスが設立直後に手がけた作品が、ホラーPOVオムニバス『V/H/S シンドローム』(12)の一編『10/31/98』であることからも明白だ。ハロウィンの悪戯で一軒家に忍び込んだ4人の若者(当然、カメラマン以外の3人はマット、ロブ、チャドだ)が、うっかりカルト教団の儀式の邪魔をしてしまい、てんやわんやするといったもの。『V/H/S シンドローム』に参加した監督の多くはいま、全員が人気者だ。アダム・ウィンガードは『ゴジラvsコング』(20)を手がけているし、長くカルト監督だったタイ・ウェストは『X エックス』(22)から続くトリロジーで注目の的だ。
そんな才能ある監督が集結したなか、レディオ・サイレンスの手がけた『10/31/98』は、唯一ブラックジョークが効いた作品となっており、異彩を放っていた。だが、ここから彼らがストレートに業界で評価されるに至ったか?というとそうではない。彼らの持ち味である“YouTuberスタイル“からの脱却には時間がかかった。
“YouTuberスタイル“からの脱却と、新たな物語の紡ぎ方
『V/H/S シンドローム』のあとに制作した『デビルズ・バースデイ』(14)は、新婚旅行先で妻が怪しい儀式に巻き込まれ妊娠し、お腹の子が育つにつれ奇行に走りはじめ、夫が奮闘する物語だ。当初『ローズマリーの赤ちゃん』(68)のPOV版として企画されたものの、レディオ・サイレンスはあくまで「夫婦愛」に拘った。しかし、これが良くなかった。POVは没入感を醸し出すには有用でも、人間関係を表現するには不向きだった。結果、『デビルズ・バースデイ』は「退屈」「目新しいものは無い」と酷評されることとなる。そんな彼らを見て、『V/H/S シンドローム』のプロデューサー、ブラッド・ミスカは再びホラーオムニバス『サウスバウンド』(15)でレディオ・サイレンスを起用する。今度は一つの短編ではなく、フレームエピソード(各オムニバスを繋げる重要なポジション)を担当。『出口』『入口』と名付けた2つのループエピソードを作り出し、『サウスバウンド』を単純なオムニバス作品ではなく、延々に回り続ける2編のホラー地獄映画に仕上げることに成功したのだ。
『サウスバウンド』でこだわりと手癖、そして“YouTuberスタイル“を捨て、物語を紡ぐための技術を得たことで、レディオ・サイレンスは『レディ・オア・ノット』の制作に着手する。富裕層や伝統的な家族の“しきたり“と、サバイバルホラーを組み合わせた独特な物語は、ユーモアとスリルが絶妙なバランスとなっている。さらに、富裕層の腐敗とそれに対する風刺を込めたことで、古典的なホラーのテーマをモダンにアレンジ。さらに結婚相手の家族から命を狙われる新婦を、人気俳優サマラ・ウィーヴィングに演じさせることで観客の共感を引き出した。彼らは『レディ・オア・ノット』でキャラクターに観客を惹きつけ、感情を振り回す“キャラクタードリブン“の手法を編み出したのだ。
となると彼らの『スクリーム』(22)、『スクリーム6』(23)の起用は当然と言えるだろう。彼らは枯れきった「スクリーム」シリーズに新キャストで新たな息吹を投入。旧キャストを作中でブチ殺す暴挙に出た。しかし、それが功を奏したのかシリーズ1作目以来の興行収入と叩き出すまでに至った。しかも初代『スクリーム』(96)からの主人公シドニーを演じたネーブ・キャンベルが不在にかかわらずだ。
キャラクタードリブンとホラーオマージュ、そして血糊で埋め尽くされた『アビゲイル』
こうしてレディオ・サイレンスはその地位を確立した。地位を得た監督が次にやることはなにか?それは“やりたいことをやる“だ。最新作『アビゲイル』はまさにそれを体現した作品になっている。古典的な吸血鬼映画を踏襲しながらも、その伝統を絶妙に破壊する。「舐めてた相手が実は殺人マシンでした」ならぬ「舐めてたガキが実は最強吸血鬼でした」と言った具合。吸血少女アビゲイルを演じたアリーシャ・ウィアーの芝居が見事なのはもちろん。「このガキを一晩幽閉しろ」などという物騒な仕事を請け負う主人公グループが真面めなはずはなく、濃いメンツによる濃い芝居と、濃い血糊がドバドバと噴出する作品になっている。
細かいところで名作ホラー映画オマージュを入れているのもレディオ・サイレンスの小憎らしいところだ。特に憎たらしいのは冒頭に流れる「白鳥の湖」だ。アビゲイルがバレリーナゆえに、あまりにも自然で気がつきにくいが、ベラ・ルゴシの『魔人ドラキュラ』(31)の冒頭でも流れている曲である。本作は最初からこの調子で、キャラクタードリブンと血糊、ホラーオマージュで埋め尽くされていく。最終的には家族愛にまで発展していく様は、『デビルズ・バースデイ』の無念を晴らすかのようだ。『アビゲイル』は、『レディ・オア・ノット』で試した手法の完成形であり、現時点でレディオ・サイレンスが作り得る傑作と言えるだろう。
文/氏家譲寿(ナマニク)