「役者という職に不安はあるが、ずっと演技をしたい」新作『A Nomal Family 』ソル・ギョングが釜山国際映画祭でキャリアを振り返る
10月2日より10日間の日程で開催されている第29回釜山国際映画祭。きら星の如く居並ぶ俳優たちに会うため、世界中から映画ファンが訪れるが、「2024マリクレールアジアスターアワード」の今年の俳優賞を受賞するなど、ひときわ注目されているのがソル・ギョングだ。『A Nomal Family』(23)にも大きな期待が集まり、さらには、俳優の演技とキャリアについて深く話す企画、「アクターズハウス」にも待望の登壇を果たした。今回は観客と話した深い時間を中心に、『A Nomal Family』オープントークの模様もレポートする。
“99(ググ)”が光る手製のペンライトを持つ熱狂的ファンが見守るなか、『ペパーミント・キャンディー』(00)のエンディングテーマが流れてソル・ギョングが登場した。「依頼を受けてからも、いまも落ち着かないし気まずい」と緊張の面持ちながらも、万雷の拍手に迎えられうれしそうな笑みを浮かべる。『ペパーミント・キャンディー』は1999年の釜山国際映画祭のオープニング上映作品だった。
「初めての釜山国際映画祭でした。オープニング作品なので舞台に上がれと言われて、私もぼんやりと(ホンジャ役の)キム・ヨジンさんと舞台に上がったんですが、観客の方々は『あの人たち誰?』という顔で見るんですよ。頭も上げられなかった記憶があります。時々思い出すんですね。2時間10分で人の人生が変わったという表現をしますが、私も2時間10分の上映が終わった後には有名人になっていました。映画が始まるまでは、まったくわからなかったことです」。
数々の代表作を持つソル・ギョングだが、『ペパーミント・キャンディー』には、格別の想いがあることを明かした。
「私は長いことこの映画を観ていません。当時、昼はGV(Guest Visit、舞台挨拶)に出て、夜は用意してもらった部屋でずっと酒を飲んでました。明け方ホテルから這うように出て酔い覚ましをし、また映画祭に出たりするような時代だったんですが、記者会見の時に少し劇場で観たら号泣してしまって…。以来、観ることができません。いまも話しながらも泣きそうになります。次はいつ観るかって?死ぬ時に一緒に(あの世へ)送ってください(笑)」。
俳優ソル・ギョングの少年時代は、将来俳優になるなんて信じられないような恥ずかしがり屋だったという。そんな、好きな同級生にも告白できないほど内気な彼に、転機が訪れる。
「少しだけ教会に通っていたんですが、年末に文学の夜というイベントがありました。1部・2部のうち1部は人気者の同級生がやって、私が同級生の女の子と2部の司会をやったんです。なぜ私が任されたかわからないんですよね、話が上手くもないのに…。緊張していたし祈る思いだったんですが、これがすごく受けたんです。言うこと全部爆発するみたいに笑いを呼ぶんですよね。終わった後、招待されてた全然知らない子でさえ『おもしろかった』と言ってくれて、その瞬間に、自分はなにか人前に出る仕事をするかもしれないと感じました」。
少年時代のエピソードからも垣間見えるように、ソル・ギョングは自身にとって「考えられない」と思うような新しさに飛び込み、道を開いてきたようだ。その一つがノワール映画『名もなき野良犬の輪舞』(17)での再ブレイクだった。当初、ソル・ギョングはビョン・ソンヒョン監督に対してかなり拒否感が強く、感情も出さなかったそうだ。
「『あんなのが監督なのか?』とまで思ってましたよ(笑)。前作『マイPSパートナー』はおもしろかったですが、ノワールでもなく、撮影監督と美術監督も初心者でした。でも、撮影を重ねるごとにとてもおもしろくなったんです。(ビョン・ソンヒョン監督のように)即興的に作っていくのも、徹底的な計算があればいいということを知りました。監督と一緒にキャラクターを作っていくことがおもしろいんだと新しい方法を学んだんですよね」。
俳優活動の初期には、メソッド演技で役柄に入り込むことが多かったことで、撮影現場で軋轢を生んでしまった。本人曰く「猫かなにかがシャーッ!ってやるような」目つきだった。
「役の内面を一人で追求し、自分が見えなくなって周りの方を苦しめるという話を聞きました。でもビョン・ソンヒョン監督との仕事以来『メソッド演技はない』と言っています。今は一番好きなチームの1つです」。ちなみにそんなビョン・ソンヒョン監督とソル・ギョングが再びタッグを組んだNetflixオリジナルシリーズ「グッドニュース」が、2025年配信される。
ソル・ギョングでさえも、役者という職に不安がある。これからの10年はどうかわからないとも言いながら、望まれるなら演技をしたい。仕事は仕事としても、私自身の年齢をよく重ねていきたい」と明かした。
同じ日に行われた『A Normal Family』オープントークには、ホ・ジノ監督、チャン・ドンゴン、キミ・ヒエ、スヒョンとともに登場した。オランダ国民作家ヘルマン・コッホのベストセラーを原作とした本作は、各々の思惑を抱えて生きていた4人が子供たちの犯罪現場が盛り込まれたCCTVを目撃し、すべてが崩れていくさまを描くサスペンスドラマ。ソル・ギョングは共演者への愛情を交えながら会場の笑いも誘った。
「私のキャラクターが地味で真面目なら、チャン・ドンゴンさんはファンタジー的な役が多いし、本人自体がちょっとファンタジー的。多くの観客が、私をチャン・ドンゴンさんと比較しないかなとも思いました。今回撮影をしながら、チャン・ドンゴンさんがジェギュという役に合わせて、着実な日常の演技をするのがとてもおもしろかったです」。
取材・文/荒井 南