上田慎一郎監督が目撃した内野聖陽の“すごみ”と岡田将生の“存在感”。『アングリースクワッド 公務員と7人の詐欺師』撮影秘話
「全体的に赤を使っているのは、アングリー=怒りの色を表してもいるんです」
――それで言うと、内野さん演じる主人公・熊沢が普段着ているスーツもスタイリッシュじゃないところに、彼の実直さみたいな面が出ていますよね。
「野暮ったいですよね(笑)。でも、だからこそ氷室たちと組んでビリヤード場で橘に接近する際に着るスーツが映えるんです。あのパリッとしたほうのスーツはオーダーメイドで一点モノなんですよ」
――あのギャップはたまらないですよね!そんなふうに熊沢が氷室たちの手ほどきで“いっぱしの詐欺師”になっていくさまや、友人を死に至らしめた悪党への復讐という側面からも、監督も好きな映画に挙げている『スティング』を思い出しましたが、現代日本の日常と地続きの世界観に絶妙に落とし込んだエンタテインメントに仕上がっていました。
「まさしく『スティング』と『オーシャンズ11』はオールタイムベスト級に好きな作品なので、この2作を思い出したと言ってくださる方が多いのが、僕はすごくうれしくて。ただ、なんでしょうね…具体的にオマージュしているというよりも、もはや僕にその“血”が流れているという感じなんですよね。今回は“『オーシャンズ11』のようにキャラの立ったフィクショナルな世界に、いわゆるフツーのおっちゃんが迷いこんでしまったら!?”といったイメージから構想を広げていったんですが、フィクショナルな部分は映画からインプットされた要素が非常に大きくて。いっぽう、熊沢の生態は僕自身の日常生活から割と引っ張ってきていて、例えば、お風呂を掃除しているシーンで奧さんの『排水溝の髪の毛、(除去するのを)忘れないでね』というセリフがあるんですけど、あれは僕が妻から言われていることなんですよ(笑)」
――ふくだみゆき監督(=上田監督の妻)から日常的に言われていらっしゃるんですね(笑)。
「そうなんですよ、結構忘れがちじゃないですか排水溝って(笑)。でも、そういうセリフをさりげなく差し込むことで、お客さんからも『現実と地続きの世界なんだな』と思ってもらえるんじゃないかな、と考えたところがあるんですよね」
――『カメラを止めるな!』でも、濱津隆之さん演じる主人公の家庭内での日常風景が描かれていることで、彼に対する心の距離感がグッと縮まった気がしていたんです。本作でも結構、いろいろな人物たちがなにかを食べながら話す描写がありますが、そこにリアリズムを滲ませていらっしゃったりするのかな、と。
「いまふと思い出したんですけど、『カメ止め』でも主人公の娘の真央がチョコアイスを食べているカットがあるんですよね。これはもしかすると“キャラクターにアイスを食べさせる”というのが僕の作家性でもあるのかもしれないな、と(笑)。食べるという行為に話を戻しますと、皆川さんの演じられた八木刑事が、常になにかを口にしているんですね。裏を返すと、板付きでしゃべっているといった描写を、僕が描けないからでもあるんです。人間って普通、なにかをしながらしゃべるじゃないですか。その条件のもとで芝居をすると、ライブ感のようなものが立ち上がってくるんです。ただ、俳優さんからも『動きながらとか、手数があるなかでセリフを話せるほうがありがたい』と言っていただけることが結構あって。そのほうが自然にできるみたいです。子役の子どもたちがわかりやすくて、棒立ちでしゃべるといかにもセリフっぽい言い回しになっちゃうんですけど、『このおもちゃで遊びながら言ってみて』というと、自然な感じになったりするんですよ」
――確かに。食事の仕草にも“その人”が出るじゃないですか。ある意味、まとっていた鎧を無意識に脱ぐようなところがあって、そういう部分も描きたかったのかなと個人的に思ったりしたんです。
「そうそう、食べ物で言うと、橘が熊沢とケジャンを食べるシーンがあるじゃないですか。あれも橘のキャラクターが出ればいいなと思って設定したんです。庶民の血を啜っているような暗喩に見えるんじゃないかなということで」
――橘は赤ワインをよく飲んでいますが、それもまた血を連想させますね。
「そうですね。人の生き血を吸っているようにも、血液を補充しているエネルギッシュな男というふうにも見えますし…そこはいろいろな見え方がすればいいなと思います。それと、全体的に赤を使っているのは、アングリー=怒りの色を表してもいるんですよ」
――ああっ、なるほど!腑に落ちました。それにしても、これだけ多くの登場人物が1人も霞むことなく、それぞれの役割を果たしながら絶妙に絡み合うさまに膝を打ちました。
「群像を描く時は、物語の縦軸との関連を確認していく作業に一番時間が掛かるので、そこは苦労したかもしれないですね」
――今回はドラマ版もあったので、膨大な作業だったのではないかと想像します。
「ただ、前日譚にあたるドラマ版を先に撮れたので、この段階で各キャラクターをつかめましたし、スタッフワークもつくりあげたうえで映画版の撮影に入ることができたので、そこはすごくいい作用をもたらしてくれたと感じていて。制作期間的にもそこまで大変な感じはしなかったですが、強いて言うなら、暑さですかね…(笑)。ただ、今回は“怒り”をテーマに据えていたので、夏に撮らなきゃという思いが自分の中にはあったんです。怒りって体温が高いイメージがあるじゃないですか…夏のほうがイライラしません?」
――そうですね、言われてみれば(笑)。
「あと、流す汗もちゃんと撮ろうと意識していました。昔の黒澤明の映画を観ると、人物が汗だくなんですよ。でも、作品にもよりますけど、最近の映画は全速力で走ったのに、そんなに汗をかいてなかったりして、違和感を抱いていたんです。なので、メイク部にもよく言っていました、『もっと汗を足してください』って。でも、内野さんは自前の汗をたくさん流してくださって、こちらが求めていることに応えてくれていましたね」
――内野さんは体型もちょっとユルめな感じに変えていらっしゃいました?
「はい、熊沢がマッチョな感じだとリアリティに欠けてしまうので、ちょっとだらしなくと言いますか、情けなく見えるような体型にしてくれていたと思います」