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水の中の“美女と野獣”『シェイプ・オブ・ウォーター』は、なぜ世界中を熱狂させるのか[最速レビュー!東京国際映画祭]

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水の中の“美女と野獣”『シェイプ・オブ・ウォーター』は、なぜ世界中を熱狂させるのか[最速レビュー!東京国際映画祭]

今年9月に行われた第74回ヴェネチア国際映画祭で、この『シェイプ・オブ・ウォーター』が最高賞である金獅子賞に輝いたことは、ちょっとしたサプライズだった。たしかに現地媒体での評価は非常に高く、何かしらの賞が与えられるだろうという憶測はあったものの、誰もが本作のコンペティション部門出品を、アカデミー賞に向けた作品のワールドプレミア上映という、いわば“お飾り”的な意味合いでしか見ていなかったのである。

たとえば、ひとつ前の年では『ラ・ラ・ランド』が女優賞、『ジャッキー/ファーストレディ 最後の使命』が脚本賞に輝き、『メッセージ』が独立部門でいくつかの賞を獲得している。いずれもアカデミー賞レースで善戦を果たした作品で、ヴェネチアでも高評価を獲得しているが、いざ最高賞が与えられたのはフィリピン映画の『立ち去った女』だったのだ。

アカデミー作品賞を受賞した『バードマン あるいは(無知がもたらす予期せぬ奇跡)』(14)でさえも、まったく相手にされなかったこの世界三大映画祭の一角は、求められる作品の系統がアカデミー賞とは異なっており、そう簡単に崩すことのできない高い壁だったのである。ところが、それを難なく飛び越えてみせた本作。

その全貌が11月2日、第30回東京国際映画祭の特別招待作品として、この日本で明らかになった。ダーク・ファンタジーという特殊なジャンルから決して逃げようとせず、真っ向から好みが分かれる“ジャンル映画”というものに挑んでいくギレルモ・デル・トロの堂々たる演出力。そして、サリー・ホーキンスを筆頭にした演技陣が作り出す説得力。主な舞台となるアパートメントの窮屈さを感じさせる見事な作り込み。そして、随所に露わになる映画愛。これは金獅子賞受賞も納得の出来栄えだ。

本作の前日に上映され、同じくアカデミー賞に向けてヴェネチア国際映画祭、トロント国際映画祭と熾烈な戦いを見せている『スリー・ビルボード』と180度異なるタイプの作品と言ってもいいだろう。個人的な物語から、社会的なテーマを生み出した『スリー・ビルボード』に対して、この『シェイプ・オブ・ウォーター』は社会的な側面を持ち合わせたプロットで、徹頭徹尾、個人的な“愛”の物語を紡ぎ出している。

舞台は1962年、東西冷戦下のアメリカ・ボルチモア。政府の研究施設で清掃員として働いているイライザは、アマゾンの奥地で神として崇められていた不思議な生物が極秘で運び込まれているのを目撃する。周囲の目を盗み、その生物とコミュニケーションを取り、いつしか“彼”と呼ぶようになる彼女。そんな中、国家機密である“彼”が解剖されることを知り、イライザは思いもよらぬ決断に踏み切るのである。

魅力的な表層の内側に潜む、主題はどのようなものだろうか。主人公イライザは子供の頃のトラウマにより、声を発することができず、手話でコミュニケーションを取っている。そんな彼女が、人間の言葉を発することができない“彼”に、強烈なシンパシーを感じることが物語の発端になる。言葉を介さずに、心を通じ合わせるという真の意味でのコミュニケーションが、本作の最大のテーマなのであろう。

それと同時に、リチャード・ジェンキンス演じる隣人のジェイルズのように、時代の流れによって仕事を失いそうになっていたり、オクタヴィア・スペンサー演じる同僚のゼルダは人種差別や職業差別を受ける。彼らのように、社会の中で疎外感を感じている人々たちが、研究対象として抑圧されている“彼”の登場に共鳴し始めるのである。

社会的マイノリティとされる人々が、人間の(もちろん、それは人間ではない生物でも同じように)パーソナリティを尊重し、ひとつの目標のために結託する。そういった、ある意味では“下剋上”とも取れる行動が描かれることで、今の時代に日本やアメリカだけでなく万国共通で求められる“人と人との繋がり”の在り方を問う。それが、ヴェネチアさえも動かしたのではないだろうか。

今回の東京国際映画祭での上映では、映画評論家の立田敦子氏と「フィガロジャポン」副編集長の森田聖美氏がトークショーに登壇。実際にギレルモ・デル・トロ監督に直撃した立田氏は、すでにアカデミー賞を受賞している同じメキシコ人監督のアレハンドロ・ゴンザレス・イニャリトゥとアルフォンソ・キュアロンに、デル・トロが追いつこうとしている現状について「デル・トロの時代が来たな、と感じる」と喜びのコメント。

どんなに知名度のある監督でも、アーティスティックな作品を撮るには資金集めが難しいとされる映画界で、本作のような様々な要素を集約させた作品に挑んだデル・トロを絶賛し、本作を「ギレルモ・デル・トロの集大成」と形容したのである。

まさに、デビュー作の『クロノス』(93)のようなホラーから、マーベル作品である『ブレイド2』(02)をはじめ、代表作である『パンズ・ラビリンス』(06)ではファンタジーと戦争ドラマを融合させ、大作『パシフィック・リム』にいたるまで、デル・トロ監督の持ち得ているジャンルのストックは底知れない。

そういえば、先日公開され日本でも大ヒットを記録した、ビル・コンドン監督の『美女と野獣』(17)は、初めはデル・トロがメガホンをとる予定だったが、制作開始前に降板。それを踏まえると、これまでの彼の作品から、彼の手がけるはずだった作品までもが本作に集約されていると感じる。むしろ、これはギレルモ・デル・トロ版の『美女と野獣』と言ってもいいのではないだろうか。予定されている『ミクロの決死圏』(66)のリメイク版を前に、突如1年間の休業を発表した彼。いかに本作にその情熱を注ぎ込んでいたかがよくわかる。

さらに、デル・トロの映画フリークな一面が、劇中には随所に登場している。主人公が住んでいるアパートが映画館の上にあるという好立地なのももちろんだが、印象的な場面で上映されているのはヘンリー・コスターの『砂漠の女王』(60)。ルツ記を基にしたこの作品では、モアブの国でいけにえとなるはずだった少女ルツが、ユダヤの国の青年マーロンと出会ったことで、宿命から逃れる。それによって捕らえられたマーロンを助け出すという話なのだが、本作と共通する部分が感じられるのだ。

さらに、併映で看板が設置されるエドマンド・グールディングの遺作『恋愛候補生』(58)も、本作の主人公が愛するミュージカル映画という役割とともに、複数の登場人物が最終的に“彼”という存在によって結びつけられる本作の内容が、まるでグールディングの代表作『グランド・ホテル』(32)を踏襲しているようにも見せる。他にも、トークショーで言及されたオードリー・ヘプバーンの偶像や、突如挿入されるミュージカルシーン。映画好きの心をくすぐり続ける場面の連続だ。

もちろん言葉を発さずに表情と動きだけでイライザの心情を表現したサリー・ホーキンスの、卓越した演技力が目を引く本作。おそらく『スリー・ビルボード』のフランシス・マクドーマンドと、主演女優賞レースで一騎打ちとなることだろう。

それと同時に、あまり注目されていない“彼”を演じた俳優についても、触れておかずにはいられないだろう。『大アマゾンの半魚人』(54)と瓜二つの出で立ちをし、全身で“愛”を体現している彼は、ダグ・ジョーンズという俳優だ。『パンズ・ラビリンス』で、オフェリアを惑わす“ペイルマン”演じ『クリムゾン・ピーク』でも主人公の母親の霊を演じた、デル・トロ作品には欠かすことのできないクリーチャー俳優なのだ。名前を覚えておいて損はないだろう。

さて、金獅子賞受賞作のアカデミー作品賞での成績は、1948年にローレンス・オリヴィエ監督の『ハムレット』が頂点に輝いたのみで、それ以降はルイ・マル監督の『アトランティック・シティ』(80)、アン・リー監督の『ブロークバック・マウンテン』(05)が候補に挙がっただけだ。アカデミー賞とヴェネチア国際映画祭の関係性が高まっている今だからこそ、この『シェイプ・オブ・ウォーター』は長年のジンクスに風穴を開けることができるかもしれない。大いに期待が持てる。【取材・文/久保田和馬】

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